2009-10-03

京都芸術センター 

色々思うところあって、『ある風景の中に』展を見に来た。
来てから、来たことがあるような気もしてきたが、思い出せない。
オフィス街の真ん中に、ぽっかり空いてる空地みたいなスペース。そりゃ魅力的な場所だ、ここは。
と思うと同時に、地価が高い場所に維持される空地には、色々なコストがかかってるんだろうなあ、と思った。


展示は、予想していたより面白かった。もっかい来よう。

教室ひとつ全体を使ったインスタレーション作品を三つと、ちょっと小さなエイオリアンハープ作品が一つと、展示がさりげなさ過ぎて見過ごしてしまいそうな、花がクルクル回るガジェットみたいなの一つと、写真作品が一つ。

展覧会の名前は、ケージの佳曲が由来だろうけど、ま、あんまし気にしなくて良い。
日常の風景の見え方を、結果的に「ちょっとだけずらしてくれる」という僕好みの作品が多くて良かった。
69分かけてドからミへ、同じ時間かけてミからドへ音が変わっていくスピーカーを部屋の両端においておく、とかね。39分頃に一瞬だけ音のうねりが止まるはずだけど、そこまで待ってられなかった。
この手の作品では、ずっとうねりを聞いた後に外の音聞くと、音を聞くときの注意力の尺度が変わる。(聴取の焦点が変わる。)
そういうの、けっこう好き。地味だし、こっちに努力を要求するからめんどくさいけど。
でも、この手の作品を経験した後じゃなければ経験できないもの、ってのがあると思う。コストパフォーマンス悪いし、そうして得られる経験こそが何よりも大事なもの、ってことはないけど。でも面白いから、世間の隅っこに置いといてもらいたいもんだ。

サウンドアート作品だけじゃなかったのが、なんだか好印象。
夜はもう寒いな。



このケージの佳曲の邦題は《ある風景の中で》(1948)が多いみたい。原題は《In a Ladscape》 (1948)。
「ある風景の中に」を無理やり英訳したら「Into a Landscape」となるはず。確かに、この展覧会は「音の風景」の見え方を少し変えようとする点で「風景」に積極的に関わろうとするものだけど、ケージの曲のほうは、「風景」なるものにそれほど積極的に関わろうとするものではなかった気がする。うろ覚えだけど。
「わけの分からないケージ」とは違って、あんまし「ケージの曲」という感じのものではないけど、聴きやすいし長さも適当だし、けっこう色々な人が録音している、ケージのピアノ曲だとは思う。

2 件のコメント:

camel☆papa さんのコメント...

お久しぶりです!十夢です!

僕も先日芸術センター行きました。
鈴木昭男さんのパフォーマンスを観る事ができました。素晴らしいパフォーマンスでした。

展示もおもしろかったので、また行こうと思います。12日の昼間です。もし都合が合えば、お茶でもしませんか。

このケージの曲、きれいですね。

中川克志(NAKAGAWA Katsushi) さんのコメント...

おお、お久しぶり!
なんか色々活躍しててすごいっすね。

鈴木昭男パフォーマンスは、申し込もうとしたら、定員いっぱいで行けませんでした。うらやましい。

12日、昼間、あいてまっせ。
時間あわせましょか。
どないしましょう。