2011年1月31日月曜日

京都芸大終了。

これで今年度の出勤は終了。
最後は猫に見送っていただいた。

さて、引越し作業に集中するぞ。

2011年1月30日日曜日

新幹線で騒ぐふたりの子ども

がうるさくて起きてしまった。
左の窓際のおっさんは、このふたりの
父親ではないみたい。
大変だ。
あんまし気にせず、うるさい、と言えば良かったが、名古屋で降りるようだ。

足湯

に来た。初体験。
今頃、川向こうでは、再びピューピューゴーゴーしてるのだろう。

釜めし@浅草の江戸定

おいしい。
温かい。

カラフルな格好

してる。
自分のセンスとか色彩感覚を疑ってしまいそうだ。

アンダー・

ザ・ブリッジ

朝日ビール

の形を模している。

スカイツリー

なんだそりゃと思ったが、工事現場を近くで見るのは面白い。

茨城県立近代美術館とかICCとかは辞めにしたので、今日は、お上りさんをするのである。

エクスプレス予約

今回、妻はイーモバイルを借りてきている。便利なもんだ。
で、iPadでエクスプレス予約をしようとしたがiPadではうまくいかないので、今、MacBookを起動しているところである。
早く動き出したいものである。

2011年1月29日土曜日

LIVEと知覚する感性論的条件の話?

のような感じのことを、原島くんが修論で書いたらしいのでその説明を聞いたけどよく分からなかったのだが、@taninenくんがうまく引き出していた、の図。

場所は神谷バー。
電気ブラン発祥の地。

スピーカー

こんなところにもあった。
木箱。

音源が複数

あるのは楽しい。
リズムやメロディやハーモニーがないのも、けっこう楽しい。好きな音色とか考える必要がないのは楽な時もある。
でかい音は疲れる。
など。

または:
僕は空腹だ。
今晩は決勝戦である。

ニコニコ生放送

では盛り上がっているようだ。

秩序付けられない音をたくさん詰め込まれるのは、時には楽しいものだと思うが、その音のソースがインターネットラジオであることにはどんな感じですどれくらい意味があるのだろう。

ニコ生

か?
誰かが解説してる。

この部屋にはたくさんのパソコンがある。
他にもいっぱい機材がある。すごい金かかってる。
って点では、カオスラウンジとはかなり違う。

ヴァリエーション7

は、準備が大変そうだ。

不思議なキカイ

これだけなら、藤本由紀夫のサウンドアートのオブジェみたいだ。

部屋の幾つかのスピーカーから様々なリズムとテクスチュアの音が出てくるのを、部屋の中を歩き回りながら聞いていると、楽しい。

どんなに

ごちゃごちゃしても、聴衆は、中心の明るい部分を見るものなのだが、もちろん、見ても、何が何の音かは分からないのだが、それでも「(何かの)極北」を目指すのが、モダニズムのアートなのだ。
と思うので、その再演するなら、ユーモラスに見せるのもアリだと思うが、まあ、実際に用意するのは大変だから、あんまりふざけたことはしないだろう、とか思った。

バリエーション7

が始まった。
説明も何もないのはどうかと思うとか、色々思うが、けっこう楽しい。

東京のジョンケージ

は、京都より小さい。

浅草寺

にいる。今。なぜか。
早めにチェックインしようとしてたはずが。

司会

下手なんじゃないか?!
もうちょっとスマートなMCさせてあげられるんじゃないか。

ロンカーターとジョーイバロンとのトリオかあ。
見たいなあ。

ひとり

の演奏だった。
びるふりぜるファンにはグッとくるイベント。
なんとも艶っぽい脱構築カントリーだ。

ビルフリゼルのインストア

男ばっか。つうか、おっさんばっか。十代はいなさそうだ。

渋谷タワレコ

あと半時間ほど。
ビルフリゼル、見れるかな。

荒川智則個展 presented byカオスラウンジ

なう。
これはこれで、ひとつのリアリティの表明であることは確かだろうが、身内感というか、楽屋ニュース感というか、無くても困らない感というか、見ても何も得した気分にならない感というか、なんつうか…。

数年ぶりの渋谷

人いっぱい。

昨夜のfacetime

野良電波があったので。
便利なもんだった。

渋谷も

左側。

馬車道駅も

左側。
渋谷まで乗り換えなしで行けるらしい。便利。さすが東急東横線。
ちょうど三時まで行く場所がないので、もう渋谷に行くことにする。

2011年1月28日金曜日

メガネ

治った。ネジはしめねばならない!

そのゴチャゴチャの間に、山下くんが帰ってた。
打ち上げか何かに、酒の肴として呼んでみたら面白いかと思ったが、まあ仕方ない。

スウィートメモリーズ

をBGMにケーキを食べる二人。

Bank Art

は、トリエンナーレの、きっちりサポート的なことをしていくらしい。

memo:
Bank Artと美術館は、関係諸機関かもしれないが、別物。

逢坂館長

は着実にスケジュールなどを決定できる方のようだ。
室井先生がボディチコ呼ぶ日程とかの調整も、バッチし調整中らしい。たぶん。
とはいえだから、20-30代の人は何考えてるんかな。

水戸で

できることを、横浜でしてもしかたないらしい。
それはそうだ、と思って手元を見たら、メガネ壊れた…。

バッタ

を買ったりアンサンブル展をした水戸芸のある水戸には、夕刊がないらしい!

そんな水戸に水戸芸があるのは驚き。

Cafe in Mito

というのが2002にあったらしい。
Communicable art for everyoneの略らしい。

トリエンナーレ

は、入場者数だけなら、ドガ展のほうが上らしい。

今、現代アートを展示することの意味について語っているのを聞いている。
今、三十代の学芸員なら、どう考えてるんだろう、と思った。

80年代初頭

は、ボイスはアートとして認知されがたかったらしい。
過去の美術出版社でのバイト経験などが、国際交流基金での「南條さん」との仕事に役立つようになってきたらしい。
過去の経験という点が繋がる話。

コンテンポラリーアートという言葉もなかったらしい。
モダンアートといってたらしい。

国際交流基金

女性でバツイチで30くらいだけどバイトで拾ってもらえた事業部で、仕事に目覚めたらしい。
僕も「仕事に目覚める」と良いなあ。

昔の一般企業では

正月に、みんな着物で出勤して乾杯したらしい。

その後、退社して、ユーレイルパスで各国美術館を巡って、やっぱ美術の仕事をしたい、と思ったらしい。

ケーキ

美味しそう。

逢坂館長は、卒業後、まずは三菱開発で三年働いたらしい。

ちょっと

違って、60-70年代に古美術が好きな人だったらしい。
卒論も、東大寺の大仏を扱ったもの。
僕の母親よりは若いようだが、僕は、自分の母親の年齢をちゃんと把握していないのだった。

ドキンちゃん

がいる。なんでだろう。バッタは分かるのだが。

横浜美術館館長の逢坂恵理子さんは、高校のころには学芸員を志したらしい。
70年代の学習院で現代アートを志向するとはどういう感じだったのか、みたいな話の周囲を巡っているなう。

コンセプトは

徹子の部屋らしい。
が、机の上にメモがない。

トリエンナーレの話はまさに進行中だし、もうちょっと周辺の話からまわっていく、という進行。

横浜の芸術と文化をめぐる対談

は今から始まるのだが、始まる前の一番の驚きは、京都芸大の学生が来てたことだった。
山下くんスゲえな。真面目な人や。

Baby Insa-dongとかGod Bless America

とか見てると、言葉で簡単に形容できない微妙な感覚を表現するひとなのかもな、と思った。
「人生は続いていく」感とか「結婚に際していくつかの転機を乗り越える」感とか。

とまれ、「アーティスト」には世界はどう見えてるんだろう。まったく違うのか、あるいは、さほど違いはないのか。どっちにしろ、何にしろ、なにかのカタチにできる人がアーティストなのだと思うが。

高嶺格の物々交換論

いきなり、さっきの僕の解釈がまったく通じない作品だった。
左右の和装像は、外国人のインチキ関西弁みたいなのを話す。
なんだ、こりゃ。

高嶺格のA Big Blow Job

暗い部屋のなかで、天井からライトが、床に置かれたテキストを走査するように照らし出していく。
キャプションによると、テキストは吉岡洋「新共通感覚論」だが、とおくてよくみえない(暗いし)(音楽は山中徹だけど、いかにもダムタイプの音楽、ではない)。
一文くらいは読めるけど、テキストは部屋のあちこちに散らばってるし、暗いし、全文は読めない。
だからこのインスタレーションでは、あなたと私が見ている「赤」は違うかもしれない云々ということをいっているらしいテキストを、朧げに読む、という経験をする。

「とおくてよくみえない」けど、何かを見ていることは間違いない(たぶん共通感覚とか独我論に関する内容のテキストである、ということは、分かる)。
つまり、この作家は、明確じゃなく朧げに見るという経験をテーマにしているのかもしれない。だから、20世紀絵画の歴史を刺繍で辿るようなことをしているのかもしれない。「(マクルーハンがいう意味での)low definitionなメディアの経験」を探究してるのかもしれん。

と、まだ展覧会の途中だけど思ったのでメモ。
この方向で、以下の作品を見てみる。

横浜美術館で高嶺格展

綿布に綿糸で刺繍した作品がいくつかあって、素敵だった。
触りたくなるドット絵。

キャプションは図像的な解説だけだった。
なんか潔かった。


2月になって、室井先生のブログのポストを読んで初めて、このキャプションも作品だったことに気づいた。
短信: 高嶺格/小谷元彦/曽根裕展を見る