2013年5月31日金曜日

録画してあった『フレンチコネクション』(1971)

40年以上前の映画だけど、なんか面白かった。
「昔の映画は、なかなか話の全貌がつかめないなあ」と思っていたけど、どうやら「出来の悪い刑事が失敗しながらもがんばって最後の最後に大物を捕まえる直前まで行くが、失敗する」という斬新な映画だったらしく、最後の最後で面白かった。

と思ったが、そんな感想はあんまり見当たらない。
違ったかな?

www3.ocn.ne.jp/~zip2000/french-connection.htm

2013年5月29日水曜日

「ジョン・ケージ、きのこ的生活」1989年京都賞受賞ドキュメント


1989年、ジョン・ケージが京都賞を受賞した折の特別番組。
ケージ来日時のドキュメンタリーでもあって、興味深い(=ケージをめぐるさまざまなステロタイプを観察できて、ケージ研究者として、興味深い)。
インタビュアーは森毅と高橋アキ。
音楽学者とか美学者じゃないのだなあ。


トマトケチャップだけがケチャップではない!


35:40頃
ケージは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの隣に住んでいた。
ふたりはいつも、帰宅したらその日のスタジオの成果を確認するためにその日に録音したものを聴いていた。ケージはその音が自分の部屋でも聞こえるのが不快だったので、スピーカーの位置を変えてくれませんか?と頼んだらしい。
←中川:これ何の話かなあ?と思ったのだが、有名人どうしの交流のエピソードなんだが、まあ、「隣人の騒音は耐え難い」というエピソードかもしれない。


なんか可愛いものの存在を教わった。
きのこいぬ|月刊COMICリュウ:

2013年5月28日火曜日

DVDで『イエローサブマリン』(1968)

アニメーションなので、『マジカル…』と違って見てられないということはない。中途半端なポップアートだと思えなうもない。
でも面白くない。
今、オープニングタイトルが始まった。
まったくワクワク感がない…。
イエロー・サブマリン [DVD]
B007R0SW06

DVDで『マジカル・ミステリー・ツアー』(1967)

初めて見た。驚きのダメ映画。なんとも中途半端な映像の羅列(「連続」ではなかった)。アメリカではテレビ放送がキャンセルされ、1976年まで見ることが出来なかったというのも頷ける

何よりもまず、物語の展開が理解できない。たぶん「マジカル・ミステリー・ツアー」という旅行パックみたいなものに出かけた珍道中のエトセトラなのだと思うけど、定かではない。
また、編集がおかしい。「男性のバスガイドが話す様子に見とれるデブの女」のショットが、ちゃんとその女を真ん中に捉えていないし、一瞬しか映らない。一瞬しか映らないので、その女を捉えようとしたのか、バスの乗客全員を群衆として捉えようとしたショット群のひとつなのか、区別しづらい。これは「実験」とか「冒険」の結果じゃなく、単に「下手」とか「無知」だったのだと思う。こういった「無駄に/意味なく/不要に"映画文法"から逸脱した編集」が多いので、とても見にくい。

PVみたいな部分だけ見るしかないのだけど、それでもクオリティは低い…。

マジカル・ミステリー・ツアー [DVD]
B00918ZVCO

2013年5月26日日曜日

ジャックアンドベティで『きっと、うまくいく』

娯楽作品に対して、勧善懲悪の世界観とか人物設定とか物語展開について云々するのは野暮だけど、やっぱり、「学問は知的好奇心にだけ基づいて行うべきで、成功は後からついてくる」みたいな意見は気持ち悪いし、ヒロインが途中でほっぽり出した結婚式で後に取り残された新婦とその家族のことや、物語最初の方で自殺した男の家族のことは、気にかかる。
ご都合主義は細部を捨てる。
それでもやっぱり面白かったのだけど、きっとそのうちボリウッドでも、こういう細部が気になって仕方ない映画人が登場するようになったら、インド版ヌーヴェルバーグが登場するに違いない。
ボリウッド・ヌーヴェルバーグ! 目に浮かぶようだ。


カリフォルニアで住んでた家のルームメイトにインドからの留学生がいた。あんまり話をしない奴でほとんど打ち解けなかったけど、インド訛りがきつい英語で(早口だし僕には聞き取りにくい)、エンジニアのPhDコースにいて、博士を取ったら国に帰るみたいなことを言っていた奴で、あいつはインド社会ではけっこう上層な家庭出身なんだろうなあ、と思ってたことを思い出した。
原題は3 idiots、「きっと、うまくいく」ってのは、主人公のお守りの言葉"all is well(子供の頃に夜回りの男が言っていた言葉という設定なので、オールイズウェルじゃなくてアールイズウェル、と発音する)"。

2013年5月21日火曜日

The Rutles in All You Need Is Cash (Japanese Dub)

Wow!
http://www.youtube.com/watch?v=dBBmubmSY9I
『[日本語吹き替え版] ラットルズ 四人もアイドル』ってのがあった。
うわおう。



2013年5月19日日曜日

メモ:iPhoneのフリーズ

対策:電源ボタンとホームボタンを同時に長押しすること。

電源ボタンを長押ししても電源がONにならない場合に。
時々あるらしい。

おかげで、目覚ましもならずにゆっくり寝てしまった。
そして、なぜか大容量バッテリーの残電池量がゼロになってた。

写真は、今のせいぶこうどう。
様変わり!ってやつだな。

2013年5月15日水曜日

メモ:『熱々! 東南アジアの現代美術』@横浜美術館

院のスタジオ授業でリーフレットを作る。実際に人の目に触れるものを作る前に、一度、簡単なものを作ってみる。その簡単なリーフレットのテーマとしてこの展覧会をとりあげることになった(と学生が決めた)。
なので、監修役もしくは相談役なので、見学してきました。
感想はFacebookに逐次メモした通り。

◯まとめ
1.
これは”東南アジア「の」現代美術”(「の」が主格であれ所有格であれ目的格であれ同格であれ)ではない。NY在住の東南アジア出身のアーティストによるグループ展であっても不思議ではない。

2.
僕個人はこの展覧会をさほど「悪い」とは感じないが、この展覧会が「東南アジアの現状に対する誤解を拡散する可能性」を持つことを考えると、「悪い」と判断されても不思議ではない。

3.
とはいえ、「東南アジア(の現状)」にさほどコミットするつもりのない人間からすれば、こうした「東南アジアの現代美術」は、
(1)「日本」も「自分」も西洋中心主義的な視線と思考の産物に過ぎないことを自覚させるものとして、面白い(ところでどうやら、こういう文脈ではサバルタンという言葉は使わないようだ。不勉強だった)。
(2)そういう文脈をすっ飛ばして、NYだけが世界であるかのような価値観のもとで考えると、過去の写真に合成されたグラサンTシャツの作品や、ナウィンはどこ?という等身大の作品は、僕の好みである。「分かりやすいから」だと思う(分かりやすさの快楽に基いて享受しているということは、それらの「現代美術」は僕にとっては「ぽっぷす」なのかもしれない)

4.
あいつらはこの展覧会をどう処理するのだろうか。単に作品紹介で終わってしまっても不思議ではない。
しかし、それは面白くないと思うぞ。

◯Facebookへのメモ
まだログができていないらしい。
FBログ- Facebookのつぶやきを保存してくれるサービス
ここ、サーバーが弱い。
とりあえずは中川のFacebookのページを貼り付けておくとして、ログは近日中に貼り付けて直しておくということにしよう。
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  1. なるほど、別に「東南アジアの現在」ではないわけだ。
    分かった。
    よし、離脱!
     — 場所: 横浜美術館

    写真: なるほど、別に「東南アジアの現在」ではないわけだ。
分かった。
よし、離脱!

  2. まあ、けっこう面白い作品もあるのだけど、なんつうか、サバルタンは語ることができるのか?とか、じゃあ「日本の現代美術」は? とか考えてしまう。

    ともあれ、これらの作品と比べると、確かにヨルダンの国立美術館は数十年は「遅れてる」んだなあ、と思った。
     — 場所: 横浜美術館

    写真

    写真

  3. 過去の写真に合成された、グラサンとTシャツの人物。
    こういうの、良くあるけど、分かりやすくて好き。

    しかしまあ、こういうのを見ると、自分の視線もこの美術館という場所もこの作品を取り囲んでいるだろう諸々の状況も、徹頭徹尾、西洋のものでしかないんだなあ、と痛感する。ここ、日本なのに。
    「日本におけるアジア性みたいなもの」は、西洋的な思考に自分が逃れ難く貫かれていることを自覚するものなんだろう。

    そう思うと、この展覧会では、「西洋的な思考に自分が逃れ難く貫かれていること」に対する反省がある作品がないのではないか。全部、何かのモノマネに見える。
    「現代美術とはNYを中心とする価値観の元に動くアートワールドだ」という理解で動いてるのかもしれないけど、それはそれで良いのかもしれないけど、それを僕がここで見ても、面白いわけがない。
    で、アートって、もう少し面白いものだと思うのだが。どうか。
     — 場所: 横浜美術館

    写真: 過去の写真に合成された、グラサンとTシャツの人物。
こういうの、良くあるけど、分かりやすくて好き。

しかしまあ、こういうのを見ると、自分の視線もこの美術館という場所もこの作品を取り囲んでいるだろう諸々の状況も、徹頭徹尾、西洋のものでしかないんだなあ、と痛感する。ここ、日本なのに。
「日本におけるアジア性みたいなもの」は、西洋的な思考に自分が逃れ難く貫かれていることを自覚するものなんだろう。

そう思うと、この展覧会では、「西洋的な思考に自分が逃れ難く貫かれていること」に対する反省がある作品がないのではないか。全部、何かのモノマネに見える。
「現代美術とはNYを中心とする価値観の元に動くアートワールドだ」という理解で動いてるのかもしれないけど、それはそれで良いのかもしれないけど、それを僕がここで見ても、面白いわけがない。
で、アートって、もう少し面白いものだと思うのだが。どうか。

  4. 35本のレンゲに描かれた絵物語。
    なんか面白い。
    中国系マレーシア人作家が作らなければいけない作品には見えないけど。
     — 場所:横浜美術館

    写真

    写真
    • 小宮 夏紀さんが「いいね!」と言っています。

  5. コンテクストとの関わりが重要な作品が多いので、よく分からない。何となく、今さら「流行としての政治的な作品」? と思わなくもない。

    これ の作品は、遺体安置所で身寄りのない遺体たちに物語を読み聞かせてやる映像作品。
    こういうのは共感できる気もする。ただし、作品の質は別の話。

    遺体が花柄を好むとは限らないと思うので、けっこう傲慢な行為に見えるんだが。
    — 場所: 横浜美術館

    写真

    写真

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  6. 『熱々! 東南アジアの現代美術』
    これは、ナウィンはどこ?という作品。
    なんか「面白い」。
     — 場所: 横浜美術館 (写真4枚)

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