2014年4月30日水曜日

福田裕大 2014 『シャルル・クロ 詩人にして科学者 ――詩・蓄音機・色彩写真』 東京:水声社。

ご恵投いただきました。ありがとう。
詩と蓄音機と色彩写真を作ろうとしていたシャルル・クロを研究した博士論文が緑の本になったわけですね。素晴らしい。少しは読んだことあるはずだけど、蓄音機に関する章、勉強になりそうだ。大学の図書館にも入れておきました(そういう技を覚えた)。
19世紀における技術とメディアの想像力の混淆を研究している福田くんは、この春に西大寺に引っ越し、4月から近畿大学に就職し、色々な点で俄然やる気に満ち溢れているそうです。
そんなわけで、そんな福田くんと、京都精華大学の谷口くんと、中川の三人は今、音響メディア論の本を作っています。
こちらは夏頃に出ます。よろしくお願いします(これも5年以上とりかかってるなあ)。


シャルル・クロ 詩人にして科学者―詩・蓄音機・色彩写真
福田 裕大
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福田裕大 2014 『シャルル・クロ 詩人にして科学者 ――詩・蓄音機・色彩写真』 東京:水声社。


2014年4月29日火曜日

カート・ヴォネガット・ジュニア『チャンピオンたちの朝食』

学部スタジオ授業の準備/課題の一環ではないけれど、学生にオススメしたことだし、久しぶりに読み返した。
普段あまり意識しない自分の処世術みたいなものの多くは、やっぱり、カート・ヴォネガットを読んで学んだものが多いなあ、と思いだした。
「なに一つなおざりにはすまい」(264)のくだりとか。

さて、誰か読んでくれるかな。

チャンピオンたちの朝食
カート ヴォネガット ジュニア 浅倉 久志
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「 五十歳の誕生日を目前に控えて、わたしは同国人のくだすいろいろのばかげた決定に、ますます腹が立ち、不可解でならなかった。そしてある日とつぜん、わたしは彼らを哀れに思うようになった。それほど不快きわまる行動をし、それほど不快きわまる結果を招くのが、彼らにどんなに悪気のない、自然なことであるかを、理解したからである。――つまり、彼らは物語の本の中で創作された人びとのように生きようと、ベストをつくしているのだ。なぜアメリカ人があんなにしょっちゅう、おたがいを銃で撃ち殺すのか、その理由はここにある――それは、短篇でも一冊の本でも、小説を終わらせるために便利な文学的手法の一つなのだ。
 なぜこんなに大ぜいのアメリカ人が、政府からまるで使い捨てのティッシュ・ペーパーのような扱いをされているのか? それは、小説家が作り物のお話の中でいつも端役をそんなふうに扱うからである。
 その他いろいろ。
 なにがアメリカをこんなに危険で不幸な国、実生活でなにもすることのない人びとの集まった国にしているか、いったんそれを理解したとき、わたしはストリーテリングを避けようと決心した。人生について書こう。どの人物にも、ほかの人物とまったくおなじ重要性を与えよう。どの事実にもおなじ重みを持たせよう。なに一つなおざりにはすまい。ほかの作家たちには、混沌の中に秩序を持ちこませておけ。わたしは逆に、秩序の中へ混沌を持ちこもう。自分ではそうしたと思う。
 もしすべての作家がそうしたなら、文学を職業としていない市民たちも、われわれをとりまく世界に秩序などないこと、むしろわれわれは混沌の要求するところに順応していかなければならないことを、理解するようになるだろう。
 混沌に順応することはむずかしいけれども、それはできる。このわたしが生きた証拠だ――やればできる。」(264-265)

2014年4月26日土曜日

DVDで『ミシシッピー・バーニング』(1988)

ミシシッピー・バーニング [DVD]
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学部スタジオ授業の準備/課題の一環として見た。
"黒人音楽”をめぐる自分の先入観を明らかにすること、が目標の授業なので、あらすじやら何やらは学生の課題としたいので、省略。
面白かった。あと、確かに、よく燃えてた。あと、夜のシーンが多かった。

ジーン・ハックマンとウィレム・デフォーのどちらもかっこいい、というのが、この映画が面白いポイントなのだろう。
「片方は世間ずれしたおじさんで、もう片方は官僚から横滑りしてきた青二才、という(風に見える)”対照的な二人組”」なのだけど、どちらも「南部の黒人差別」を解決したいという点では一致していて、そのやり方がそれぞれ違う。で、どちらにもきっちりと見せ場がある(ジーン・ハックマンのほうが中心だけど)。人情派のジーン・ハックマンだけがかっこいいわけでもなくて、政府の後ろ盾とか権威とか使えるものはきっちり使いこなすウィレム・デフォーもかっこいい。

あと、1988年の映画だから1975年生まれの僕にとって見やすい、ってのがあるのかもしれない。分からないけど。
1964年の頃を描いた1988年の映画ってことは、今から50年前のことを描いた今から25年以上前の映画ってことで、1988年に僕は13歳だったけど、僕はこの映画を38才になって初めて見た。
ということは、今の中学生が20年後に、バブルの頃のことを描いた今年の映画を見るような感じだったのだろうか?
ややこしいな。

公民権運動まっただ中のお話で実話を元にしているけれど、固有名詞は「ミシシッピ」しか出てこないので、「いつのなんという事件」なのかは映画だけからは分からない。
隔離政策とか「黒人大学生の事件」とか、とくに説明もなく出てくるけど、説明不要な有名な出来事、と考えるべきなんだろう。

でも今どきはWikipedia見ると、ちょっとした説明はある
史実としては、FBIは何もしなかったとのこと。
そっちが事実なのかもしれない。
分からないけど。

黒人霊歌つうかゴスペルが、けっこう効果的に使われていたなあ。

2014年4月19日土曜日

DVDでCharlemagne Palestineのドキュメンタリー『THE GOLDEN SOUND』(2013)

そういや僕は、シャルルマーニュ・パレスティン(Charlemagne Palestine)のことを詳しく知らなかった。ミニマル・ミュージックの世代の作曲家で今は西海岸でOther Mindを仕切っている音楽家、と、何となく把握しているつもりだったが、Other Mindを仕切っているのはチャールズ・アマーカニアン(Charles Amirkhanian)だった。ちゃんと把握していなかった。

昔の映像とか写真とかを映し出しながら彼の作品を再生し、時おり彼の半生を語る、みたいな内容だった。NY出身で、最初はNYUとかコロンビア大にいて抽象表現主義に関心があって、その後、ミニマル・ミュージックの作曲家とかスタン・ブラッケージとかスタン・ヴァンダーヴィークとか実験映像作家と知り合ったらしい。
DVDはそんなに面白いとも思えなかったのは僕が鈍いからかもしれないが、たぶん、全体的に何のDVDなのかよく分からないからだ。パレスティンを紹介するDVDなのだろうけど、誰に向けたDVDか分からない。受容できるのは、もうすでにパレスティンの面白さを認識している層だけではなかろうか。
聴くDVDとして使うのが良いと思った。

→付記:長めのライナーノートを読むと、このDVDがなぜ作られたか――基本的には監督が興味をもったから、らしい――が分かる。Ingram Marshallの文章があるので、パレスティンの略歴も分かる。つうか、読まないとよく分からん。ドキュメンタリー作品としてはつっこみが足りないと言わざるをえないが、まあ、いいか。この走り書きのメモでけっこうポイントをつかまえているような気がする。自分を褒めておきたい。

でも面白い場面もあった。
ピアノを二台を重ねて――地面にもう一台ピアノの共鳴体部分だけ置いて――鍵盤を連打して――パレスティンは昔フラメンコギターを学んでいたらしく、その発想に基いて作品を構想することが多いらしい。なので、鍵盤の連打、などを行うことが多いらしい――部屋の音鳴りを追究する作品の映像とか。
1975年の映像――運転中の車中からの映像でそれに合わせてパレスティンがなにか歌っていた――とかは、なんなのかさっぱり分からん。

あと、シャルルマーニュ・パレスティンはヌイグルミが大好きなことがわかった。いろんなヌイグルミを仕事部屋においてあるし、外出時にはヌイグルミを赤いスーツケースに詰めて持っていくし、演奏時には必ずヌイグルミをピアノの上などに置いておくようだ。
なかなかなサイコさんみたいだな。

Charlemagne Palestine, the Golden Sound by Anne Maregiano [DVD] Re:Voir - Art into Life:
Anne Maregiano "Charlemagne Palestine, The Golden Sound" DVD - オメガポイント:
これ、ReVoirから直接買ったのだけど、日本のお店から買っても値段はほとんど変わらないな。

2014年4月2日水曜日

「電信を聴く」という行動

電信が普及し始めた頃、電信を聴く習慣/遊び/行動があったらしい。元ネタはDouglas Kahn, Eath Sound Earth Signal, 2013で、Henry David Thoreauについて取りあげている部分。こういう事実をきっちり発掘し、歴史記述に落としこんでいる。
この本は(この本もまた前著と同様に)新しい学領域を開拓したものだと思う。あるいはSound Studiesにおける重要な歴史書かつ理論書だと思う。

で、「電信を聴く」絵画に対する言及もあった。
聴覚文化の視覚的表象の事例として分かりやすく興味深い。
Henry F. Farnyのほうは、まさにこの行動をとっているネイティヴ・アメリカンを描いたもの。Charles E. Burchfieldのほうは、「電信的なもの」を経由した世界とでもいおうか。
Charles E. Burchfield (1893-1967), Telegraph Music, 1949

Henry F. Farny, The Song of the Talking Wire, 1904

Earth Sound Earth Signal: Energies and Earth Magnitude in the Arts
Douglas Kahn
0520257553