2014年7月19日土曜日

毛利嘉孝『ストリートの思想 転換期の1990年代』(NHKブックス、2009年)

サウンドデモとか素人の乱とか小川てつオとかの活動を「ストリートの思想」と呼び、旧来の左翼はもちろんいわゆるロスジェネ論壇やゼロ年代批評論壇(オタク系)とも区別し、その歴史的系譜と社会的背景を、「日本における70年代、80年代、90年代」を「政治、文化、思想という三つの軸」で記述している(ここらへんの定義とか図式は序章で簡潔にまとめられている)。

横浜から和歌山に至る8時間でざらっと読んだけど、つまりは「大学あるいは在野の知識人/批評家/大学人」と「政治」との関与の仕方が変化してきた、という話なのだろうか。ある程度主導的だったのが、ニューアカやカルスタを経ることで、主導権が「知識人/批評家/大学人」以外の手に渡って行った、という話なのだろうか。

僕自身は、事態を打開するのは常に具体的な何かではないかと思うので、ここで言及される「ストリートの思想家たち」にはさして興味関心を覚えないし希望も見出せないし、単に「小粒」なだけなのではないかと思うのだが(偉そうだけど)。

僕はこの本を、80年代セゾン文化に対する評価のひとつとして、読み始めた。
85年のプラザ合意を経て86年にバブル景気が始まるらしいが、その頃から、セゾン系列の広告会社に入社した毛利には、セゾン文化は老化し始めたように見えたらしい(45)。その時期前後で80年代の様相はかなり異なるらしい。
また、1968年的な政治文化を引き継ぎつつそれを乗り越えようとして登場した文化のトライアングル構造ーーサブカルチュア、愚鈍な左翼、ポストモダニズムーーがバブル前に存在していた、と考えるらしい。すると、そうした80年代的な構造は、バブルの喧騒下で掻き消され、90年代の文化的状況に影響を与えるべく伏流した、といった時代認識になるらしい。

ともかく、本書はそうした「ストリートの思想」を系譜づけようとした本、らしい。
こういったタイプの、「 政治」と「批評」の絡み合った「思想」はあまり読み慣れていないし、正直、よく分からない。
「だから、要するに、ストリートの思想ってなんだよ?」と思ってしまうので、この本の良さを僕はきちんと読めていないと思う。「ストリートの実践」をあまり知らないし。

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