2016-10-05

メモ:スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(2016年、早川書房)

自分が体験してきた近過去の裏話(=レコード音楽産業とかパッケージ産業がワヤクチャになってきて、youtubeとかspotifyとか「水のような音楽」が溢れ出てきたここ20年の裏話)を知ることができたし、大変面白かった。
ちょっとした探偵小説のような趣もあった。

主要な物語は3つ。
mp3というフォーマットがデファクトスタンダードになるまでのブランデンブルグ博士の話。ビッグ5とか4とか3のレコード業界の経営のトップで、ラップで莫大な業績を上げたダグ・モリスの話。ナップスター以降の違法mp3ファイルのリーク話。
このすべてについて、知らない詳細があって面白かった。
mp3は最初はmp2に負けていたとか(そういや僕もmp2ファイルを何個か持っていた)、mp3がデファクトスタンダードになる前に次世代のより良い圧縮音声フォーマット(AAC)が完成していたとか。レコード業界が(僕の主観的には)ザックリ動くものであるというのはそうだろうなあとは思っていたけど、ミュージシャンより経営陣のほうが金持ちなことを再確認すると、やっぱりなかなか不思議な気持ちになる。僕は音楽の違法なmp3ファイルにはまらなかったので、mp3リーク話はほぼ全て知らないことだった。世界初の「公式」海賊版mp3はメタリカ『ロード』からカットした「until it sleeps」だったらしい(1996年8月10日らしい)(98)。

自分にとって身近だったけどその裏側は知らなかった近過去が歴史として物語られているのは、面白いものだ。僕の場合は…とか、俺の場合は…とか、自分語りをしたくてたまらなくなる。
F.L.アレンの1920年代と1930年代の歴史の本(『オンリー・イエスタデイ―1920年代・アメリカ』『シンス・イエスタデイ―1930年代・アメリカ』)もこんな感じだったのかな。

ただし、この本のホントの面白さは、そういうディティルだけじゃないと思う。
この本が僕にとって面白かったのは、この本が、随所で〈mp3ファイルで音楽を聞くことが一般化した後のレコード音楽ファン〉の本音をさらっと書いている(ように見える)こと、だった。

「リスナーは音質を気にしないし、完璧な音にいつまでも固執し続けること自体、音楽業界が消費者を理解していない証拠だった。」(123)
「[音楽業界は]ナップスターには勝ったが[mp3のDigital Audio Playerを作った]ダイヤモンドには負けた。」(164)
「…アルバム中心のロックは80年代に死に、MTVとウォークマンの出現によって音楽はその後20年間シングルヒットが先行するビジネスになった。」(256)
「アルバムは死につつあった。」(292)
「業界全体がラップトップ1台に収まったのだ。」(295)
「[2007年の段階で]グローバーのリークした曲がiPodに入っていない30才以下の人間はほとんどいなかったはずだ。」(325)
とかとか。
何ページだったかわからないが、CDなんかもう誰も買わない、という文章もあった。まあ、こういうのにビビッと来るのは、僕が1975年生まれのおっさんだからなんだろう。

ところで、この本の物語に、僕はあまり説得されない。
違法mp3ファイルはそんなにも決定的だったのか? あまりにも問題を単純化しすぎているんじゃないか? レコード音楽のあり方が変化したこと、音楽産業や音楽文化が変化したこと、について考えるやり方は、他にも語り口があるんじゃないか? それら全てが違法mp3ファイルに収れんするのか?
少なくとも僕は、音楽の違法なmp3ファイルはほとんど触れてこなかったのだが(自分の思い出話が続くので、以下略)。
とかとか。

でも、面白かったです。
音楽は「タダ」になったんじゃなくて、安くなっただけ、というのは大事なことではなかろうか。
あと、「音楽」じゃなくて「レコード音楽」が「安く」なった、ってのも大事なポイントではなかろうか。

スティーヴン・ウィット 2016(2015) 『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』 関美和(訳) 東京:早川書房。

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