2018年2月11日日曜日

メモ:山崎朋子『サンダカン八番娼館』

とても有名な本なので、僕があれこれいう必要はないですが。



著者の山崎朋子さんは、底辺女性史研究を志して九州の天草に出かけ、そこでひとりの老婆(おサキさん)と偶然知り合ったらしい(「底辺女性」ってすごい名称だけど、1970年代には通用していたのだろう。)。知り合ってしばらくしてから、三週間おサキさんの家に一緒に住まわせてもらって、おサキさんが「からゆきさん」としてどのような生涯を送ってきたかを聞き取り、さらには、その話の中に出てきた何人かの現状を調べてみたらしい。そうしてまとめたのが本書。
「聞き取り」といっても、話をテープレコーダーに録音できるわけでもなく、話を聞きながらノートにメモしていけるわけでもなく、聞いたことを必死に覚えて、おサキさんがいない時に手紙にメモして東京の自宅に送っておいた、というやり方で調査したらしい。
「調査」とか「研究」といっても、三週間一緒に過ごして聴いたおサキさんの生涯を、おサキさんの一人称で記述する、というやり方は、社会学的な質的調査の方法としてどうなのか云々かんぬんという議論もきっとあるだろう。

とはいえしかし、そんなことはどうでもいい。
と言わせていただきたい。
読者としてはもう、おサキさんの人生と言葉の端々に目が飛び出るほどの衝撃を覚えつつ読むしか無かった。
京都で生活していたのに、息子から天草に帰れと言われて帰り、しかし息子を恨むなんてまったくしていない云々というくだりのなんと簡潔なこと。等々。
確かにこの社会には、目をそらさずに考え続けるべき問題というものはあるのだ、と思った。



名前だけ知っていたこの本は、父親が死んだ後に実家から持ち帰ってきたのだけど、けっきょく読まなかったので、最近、自炊してPDF化してkindle fireで少し読み始めたら止まらなくなったのだった。
僕が読んだのは昭和52年出版のものなので、たぶん、ベストセラーになったものを父親が買ったものだろうか。あるいは映画を見たのだろうか。
底辺女性史の研究に多大なる貢献を果たした書籍を、とにかくにも買っておいておく、というのが、演劇活動を経て田舎の社会科の高校教師をやっていた父親らしいなと思った。
この文化資本は40数年後に次男に継承されたのだった。



今日見たどのアートよりすごかった。
そりゃ比べたって仕方ないんだけど、…[以下省略]…。

1 件のコメント:

Katsushi NAKAGAWA さんのコメント...

僕は今日、未来を語る振りしてるけど、ほんとに人間文化の未来のことを考えてるわけじゃないなあ、と思ったのだった。