2019年8月4日日曜日

メモ:打越正行『ヤンキーと地元』(筑摩書房、2019年)

2007年から10年近く、毎年数週間のフィールドワークの成果をまとめたエスノグラフィー。
沖縄のヤンキーのパシリになることから、参与観察を始めた筆者によるエスノグラフィー。
建設会社、性風俗店経営、キセツ仕事、等々のエスノグラフィーは面白い。
〈自分とは異世界の文化を理解するために、対話を繰り返した軌跡である〉と考えると、この本は面白い。
僕は、エスノグラフィーやドキュメンタリーやルポと呼ばれるジャンルの書物を、そのような〈ちょっとした異世界見聞録〉として楽しんでいる。



ところで、とはいえ、これは科学あるいは人文学としてはどうなのか?
少なくとも、「仮説」に基づき、「実験」し、誰がやっても同一条件下なら、同じ「結論」が出る、というタイプの「科学」ではない。
これは、ある事実をどのように解釈するか、そのことがどのような意味/意義があるか、ということを検討する「人文学」なのだとは思う。
でも、だとすると、「沖縄のヤンキー文化」だけにあてはまる意味/意義を解明した研究は、「沖縄のヤンキー文化」から離れた場所にいる人間にとっては、どのような重要性があるのか? もちろん、さしあたりは、そういうことは読者の問題である、という答えになるのだろうけど。
なんつうか「研究」としては「(わかりやすい)応用範囲が狭いよなあ」と思ってしまう。のだが、この僕の感想は、どうなんだろう。

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