2016-10-23

メモ:小杉武久 Music Expanded #2

大変良いものを見たな、と思った。
なんだろな、これ。
ただのファン心理でしかないかもしれん。
Walking (1982)を見て村上ショージのヤカン芸を思い出した。
Chamber Music (1962)を見て前衛芸術家の老化とは何かに思いを馳せた(後に、10月28日に草間彌生さんのインタビューを見て、この話題を思い出すことになる)。
波の映像を背後に演奏されるヴァイオリンは感動的でしかない。
やっぱ、ただのファンだな。
演者の5人より、川崎さんが一番長時間舞台にいた(舞台シモテにずっと座っていたので)。

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「小杉武久 MUSIC EXPANDED 2016/10」をトゥギャりました。

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中川 克志さんが写真3件を追加しました — 場所:  愛知県美術館
京都の日文研研究会の帰りに、小杉武久さんのコンサートを見るために、あいちトリエンナーレ最終日の名古屋に来たので、五時半に愛知県美術館に来れたので、Chris Watsonの作品だけ見ておこうと思ったのだけど、もう終わってた…。

中川 克志さんの写真

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小杉武久 music expand #2 を堪能してすぐに名古屋駅から新幹線に。
実は今日、人文研を出る前に忘れ物を取るため部屋に戻った時にスッテンコロリと転んだのだけど、今頃になって全身の関節に痛みが…。

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中川 克志

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2016-10-17

メモ:Catherine M. Cameron, Dialectic in the Arts: The Rise of Experimentalism in American Music. 1996.

人類学者による「実験音楽」の研究。視点が目新しいし単純化しているので、概括的な視点が得られて面白い。でも、議論が単純化され過ぎている側面は大きいので、注意!
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著者は音楽学者でも芸術学者でもなく、とてもまっとうに、人類学者。ネイティヴ・アメリカンのホピ族に関する研究書なども出しているようだ。もう亡くなっているようだ。
なのに、著者は、実験音楽に関心を持っていたため、博士論文の主題に選んだらしい。

「実験音楽」の美的考察とか楽理的考察などはすっ飛ばして、言説や活動状況の考察に集中することで、WWII前の実験音楽よりWWII以後の実験音楽の方が世間の注目を浴びた、とか、WWII以後の実験音楽は大学の保護化において成長した、とか、〈身もふたもないこと〉を述べているように思われること、はこの本の手柄。要約は123-124。

ただし、「だから何?」という思いも消えない。というのも、どうしても、ここで「実験音楽」とされる対象は恣意的に設定された対象でしかないように思われるから。例えば、本書では「実験音楽」について考察する際に、34人の作曲家の言説に基いて「実験音楽」における言説分析を行っている(ch4)。でも、作曲家同士の影響関係とか「質」の問題を考慮せずに、「実験音楽」の「総体」を分析することなぞできるのだろうか?
そこらへん――「実験音楽」の「総体」を分析できるか否かといった問題――を無視することによってこそ明らかになること――実験音楽は大学に保護されてきた、とか〈身もふたもないこと〉――もあろうとは思えど、分析が大味過ぎる感が否めない。

また、そうした欠点も一因だろうけど、本書は「実験音楽」に集中しすぎる余り、議論が単純化されている側面がある。一番目立つのは、
1.実験音楽を〈ヨーロッパ的なエスタブリッシュメントに対する階級闘争の産物〉とする観点
2.実験音楽を〈ヨーロッパ的な芸術音楽に対する、アメリカ的な音楽〉とする観点
を強調し過ぎている点。
じゃあ、ブルースとかジャズとかロックン・ロールとかポピュラー音楽は「音楽」じゃないのか?という話である。

結論として、本書の使い方には注意しなければならない。
実験音楽の一面的な傾向について述べるためにはとても役立つ(アメリカの大学がいかに「音楽」を保護してきたか、とか)。しかし、この議論が妥当する範囲には常に留意すべし!

Cameron, Catherine M. 1996. Dialectic in the Arts: The Rise of Experimentalism in American Music. CT: Praeger Publishers.
Dialectics in the Arts: The Rise of Experimentalism in American Music
Catherine M. Cameron
0275956105

2016-10-11

メモ:ハリー・G・フランクファート『ウンコな議論』山形浩生(訳)

山形浩生の訳者解説を読むために買ったけど、本文も訳者解説も、すげえなと思うけど、あんまし楽しめなかった。
残念。

ウンコな議論
ウンコな議論ハリー・G・フランクファート 山形 浩生

筑摩書房 2006-01-11
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2016-10-05

メモ:スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(2016年、早川書房)

自分が体験してきた近過去の裏話(=レコード音楽産業とかパッケージ産業がワヤクチャになってきて、youtubeとかspotifyとか「水のような音楽」が溢れ出てきたここ20年の裏話)を知ることができたし、大変面白かった。
ちょっとした探偵小説のような趣もあった。

主要な物語は3つ。
mp3というフォーマットがデファクトスタンダードになるまでのブランデンブルグ博士の話。ビッグ5とか4とか3のレコード業界の経営のトップで、ラップで莫大な業績を上げたダグ・モリスの話。ナップスター以降の違法mp3ファイルのリーク話。
このすべてについて、知らない詳細があって面白かった。
mp3は最初はmp2に負けていたとか(そういや僕もmp2ファイルを何個か持っていた)、mp3がデファクトスタンダードになる前に次世代のより良い圧縮音声フォーマット(AAC)が完成していたとか。レコード業界が(僕の主観的には)ザックリ動くものであるというのはそうだろうなあとは思っていたけど、ミュージシャンより経営陣のほうが金持ちなことを再確認すると、やっぱりなかなか不思議な気持ちになる。僕は音楽の違法なmp3ファイルにはまらなかったので、mp3リーク話はほぼ全て知らないことだった。世界初の「公式」海賊版mp3はメタリカ『ロード』からカットした「until it sleeps」だったらしい(1996年8月10日らしい)(98)。

自分にとって身近だったけどその裏側は知らなかった近過去が歴史として物語られているのは、面白いものだ。僕の場合は…とか、俺の場合は…とか、自分語りをしたくてたまらなくなる。
F.L.アレンの1920年代と1930年代の歴史の本(『オンリー・イエスタデイ―1920年代・アメリカ』『シンス・イエスタデイ―1930年代・アメリカ』)もこんな感じだったのかな。

ただし、この本のホントの面白さは、そういうディティルだけじゃないと思う。
この本が僕にとって面白かったのは、この本が、随所で〈mp3ファイルで音楽を聞くことが一般化した後のレコード音楽ファン〉の本音をさらっと書いている(ように見える)こと、だった。

「リスナーは音質を気にしないし、完璧な音にいつまでも固執し続けること自体、音楽業界が消費者を理解していない証拠だった。」(123)
「[音楽業界は]ナップスターには勝ったが[mp3のDigital Audio Playerを作った]ダイヤモンドには負けた。」(164)
「…アルバム中心のロックは80年代に死に、MTVとウォークマンの出現によって音楽はその後20年間シングルヒットが先行するビジネスになった。」(256)
「アルバムは死につつあった。」(292)
「業界全体がラップトップ1台に収まったのだ。」(295)
「[2007年の段階で]グローバーのリークした曲がiPodに入っていない30才以下の人間はほとんどいなかったはずだ。」(325)
とかとか。
何ページだったかわからないが、CDなんかもう誰も買わない、という文章もあった。まあ、こういうのにビビッと来るのは、僕が1975年生まれのおっさんだからなんだろう。

ところで、この本の物語に、僕はあまり説得されない。
違法mp3ファイルはそんなにも決定的だったのか? あまりにも問題を単純化しすぎているんじゃないか? レコード音楽のあり方が変化したこと、音楽産業や音楽文化が変化したこと、について考えるやり方は、他にも語り口があるんじゃないか? それら全てが違法mp3ファイルに収れんするのか?
少なくとも僕は、音楽の違法なmp3ファイルはほとんど触れてこなかったのだが(自分の思い出話が続くので、以下略)。
とかとか。

でも、面白かったです。
音楽は「タダ」になったんじゃなくて、安くなっただけ、というのは大事なことではなかろうか。
あと、「音楽」じゃなくて「レコード音楽」が「安く」なった、ってのも大事なポイントではなかろうか。

スティーヴン・ウィット 2016(2015) 『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』 関美和(訳) 東京:早川書房。