https://www.momaw.jp/exhibit/2022_summer12/
2022-07-12
2022年7月12日メモ:妻木良三「はじまりの風景」@和歌山県立近代美術館
2022-07-11
メモ:ネトフリで映画『砂の器』(1974)
和歌山往復の電車内で見た。
2022-07-06
メモ:松本清張『砂の器』
しかしまあ、けっこう、「評論家」がつまらない存在として馬鹿にされてるなあ。評論家って、こんなにしょうもないのかなあ。
2022-06-29
[報告]調査報告を書きました。
2022-05-27
柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門』(フィルムアート社、2022年)
『UNPOPULAR POP 脱マスメディア時代のポップカルチャー』報告書
劉美蓮『音楽と戦争のロンド』廣瀬光沙(訳)(集広舎、2022年)
こちら、作曲家江文也の生涯を克明にたどる本です。江文也といえば、何年か前の朝ドラ『エール』でも知られる(?出てたの?見てないので知らない)台湾出身で、中学生以降は日本で教育を受けた作曲家です。ベルリン開催オリンピックに作曲家として参加し、戦後は日本国籍を失い、中華人民共和国で文革に翻弄されたりしたひとです。映画『珈琲時光』(2004年)は江文也をテーマにしているそうです。
長﨑励朗『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』(創元社、2021年)と大和田俊之『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房、2021年)
長﨑励朗『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』(創元社、2021年)
大和田俊之『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房、2021年)
2022-05-06
メモ:ヤン・シュヴァンクマイエル『アリス』(1988)と長門洋平「映画にとって「物語世界の音」とはなにか――ヤン・シュヴァンクマイエル『アリス』を例に」
『音と耳から考える』所収の長門洋平「映画にとって「物語世界の音」とはなにか――ヤン・シュヴァンクマイエル『アリス』を例に」を読むために、チェック。
映画の音響区分における最初の手続きを「物語世界/非物語世界」から「同期/非同期」へとシフトさせる、というアイデアを提案する、という論文。題材として『アリス』の冒頭部分が分析されている。
大学院授業で学生と読むのだが、短いし論旨は明快なので、映画にあまり関心のない学生にも読みやすいだろう。
↓
中川
:「同期/非同期」という考え方は、トーキー以前の映画も同レベルで考察可能という点では有望そうな予感がする。ただし、どの程度の発展可能性があるかは少し疑問。「物語世界/非物語世界」では区別しきれない領域があるという指摘は至極もっともだが、そういう区別を厳然と感じてしまうことも確かではないか、と思ってしまうので。今後の長門さんの理論的発展に期待。
2022-04-25
自分への励みと促しとして、2021年度の仕事と2022年度の予定(願望)の備忘録
2022年度には、2021年度に下書きを書いた『サウンド・アートの系譜学』を単著として出版し、次の段階に進みたい。次は『サウンド・アートの美学(仮)』とか?!
昨年度はけっこうやるべきことをできたような気がしている。2022年度には、Keywords in Soundの翻訳を仕上げたい。サウンド・スタディーズの研究会の成果も今年度か次年度早々には出版に結実させるべし。いくつかの共同プロジェクトの計画も楽しみ。あと、台湾調査を再開できますように。
2021年度に公刊された仕事
中川克志 2021a 「台湾におけるサウンド・アート研究 試論――ワン・フーレイ(王福瑞、 WANG Fujui)の場合――」 横浜国立大学都市イノベーション研究院(編)『常盤台人間文化論叢』7: 157-181。 →横浜国立大学リポジトリ、本文
---. 2021b "History of Sound in the Arts in Japan Between the 1960s and 1990s" in: Charrieras, Damien, and François Mouillot. 2021. Fractured Scenes: Underground Music-Making in Hong Kong and East Asia. Springer Singapore: 225-239. ←2020年度に完成していた仕事
---. 2021c 「日本における〈音のある芸術の歴史〉を目指して――1950-90年代の雑誌『美術手帖』を中心に――」 細川周平(編)『音と耳から考える:歴史・身体・テクノロジー』東京:アルテスパブリッシング:484-497。 ←2020年度に完成していた仕事
---. 2021d 「創作楽器という問題」 廣川暁生、明石薫(編) 2021 『サウンド&アート展 見る音楽、聴く形』 「サウンド&アート」展図録(アーツ千代田3331、2021年11月5日-21日) 東京:クリエイティヴ・アート実行委員会2021:34-36。
話したこと
2022年度に公刊される(だろう)仕事(あるいはすでに公刊された仕事)
中川克志 2022a 「サウンド・スカルプチュア試論――歴史的展開の素描と仮説の提言――」 横浜国立大学都市イノベーション研究院(編)『常盤台人間文化論叢』8: 73-99。→機関リポジトリへのリンク、本文
---. 2022b 「クリスチャン・マークレー再論:世界との交歓」 東京都現代美術館(編) 2022 『クリスチャン・マークレー:トランスレーティング[翻訳する]』(東京都現代美術館、2021年11月20日-2022年2月23日) 展覧会図録 東京:左右社:182-190。
---. 2022c(刊行予定) 「日本におけるサウンド・アートの系譜学――京都国際現代音楽フォーラム(1989-1996)をめぐって――」 『京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS』10。←2020年度に完成していた仕事。ようやく夏頃には出るそうです。
2022年度の予定(願望)
単著を刊行する。『サウンド・アートの美学(仮)』を始める。Keywords in Soundの翻訳を仕上げる。サウンド・スタディーズの研究会の成果を本にする。いくつかの共同プロジェクトを楽しむ。台湾調査を再開する。
2022-04-14
メモ:ネトフリで『ドント・ルック・アップ』
2022-04-10
メモ:ヴィック・ムニーズ『ごみアートの奇跡[Waste Land]』(2010)
ヴィック・ムニーズ/ごみアートの奇跡 - Wikipedia
ヴィック・ムニーズはブラジル出身の作家で、「1990年代初頭より、針金や砂糖、ダイヤモンド、チョコレート、色紙など様々な素材を用いて、歴史的な報道写真や美術史上の名作を再現した写真作品を発表してきた」作家。砂糖かシロップで描いたモナリザ像などがあるみたいで、実物を見てみたい。
彼が故郷のブラジルでゴミ拾いする人々とともに――正確には、彼らを利用して――、ゴミからアート作品(=ゴミを使って過去の名画を模倣したもの)を作成し(作成時には彼らに手伝ってもらって)、作成した作品を写真撮影したものをオークションで競売にかけ、オークション会場に彼らの代表を連れていき、5万ポンドで競り落とされる場面を見せる、というドキュメンタリー。第83回アカデミー長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
ドキュメンタリーとしては、そのアート作品がいかなるものかといった問題に踏み込むものではない。ゴミとは何かとか、ゴミ捨て場で働くこととは何かとか、ゴミからアートを作ることとはどういうことか、とか、ゴミがアートワールドで5万ポンドになることの不思議さとか、そういうことについて見解が披露されるわけではない。なので、なんとなく「結局のところ、アートワールドとそれを成立させている資本主義に回収されてしまうドキュメンタリーに過ぎない」と切り捨ててしまいたくもなる。
また、ドキュメンタリーとして、そこで働いている個々の人生を鋭く見ている、といったドキュメンタリーではない。離婚して娘と会えなくなった母親とか不倫相手と別れたばかりの中年女性とか組合を作って頑張っている人とか5歳の頃からずっとこのゴミ拾いの仕事をして自分もシングルマザーになってゴミ拾いの仕事を頑張っている若い女性とか色々出てくる。でも、途中、ゴミ拾いの人たちの給料が銀行から引き出されてすぐ強盗に強奪された、というエピソードが出てくるのだけど、その後どうなったかの説明がゼロだったりする。
つまり、あくまでも、これはヴィック・ムニーズという人の活動記録としてのドキュメンタリー。なのだけど、実はそこまで悪印象は抱かなかったのは、このヴィック・ムニーズという人がなんだか色々と正直に語っているように僕には見えたから、かもしれない。
最初の方で、ゴミ拾いの人たちとお近づきになるときにムニーズさんは「自分は成功したから還元したいんだ」と言っていたのだが、見ていて、なんだか無意識的に高慢に偉そうだなあ、でもよくまあこんなこと正直に言えるもんだなあ、などと思ったし、最後の方で、貧乏とか金持ちとかじゃなくて一生懸命頑張っているから良いんだ(大意)とか「人助けのつもりだったが高慢に思えてきた」とか話していて、なんだか雑駁だけど正直な人なのかなあ、などと思ったからかもしれない。
アートとは思いもかけない出来事を生じさせる活動なのだとすれば、ヴィック・ムニーズの活動もまさにアートなんだろうな、と思った。べた褒めするのは何か抵抗があるけど、〈しょせん資本主義とアート・ワールドの理屈に回収されるだけだ〉と腐すこともあるまい、といった感じ。
*
この人の感想がぴったりだな、と思った。→「ゴミ問題をどうするかという視点の映画ではなく、シンデレラのお話です。」 ヴィック・ムニーズ ごみアートの奇跡 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画 https://filmarks.com/movies/54548
2022-04-08
『クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]』に寄稿しました。
早くに送っていただいていたのにうまく受け取れず、一般発売日の今日、受け取りました。2月に終了した東京都現代美術館のクリスチャン・マークレー展の展覧会図録。論考「クリスチャン・マークレー再論 世界との交歓」を寄稿し、いくつか翻訳しました。
10年前に僕は「クリスチャン・マークレイ試論」(その頃は「マークレイ」表記が多かった)を書いたので、今回は「再論」です。自分はなぜクリスチャン・マークレーという作家の作品を好むのかということを考えていました。
翻訳は三本。ダグラス・カーン「サラウンド・サウンド」と、ダグラス・カーンによるクリスチャン・マークレーへのインタビューと、クリスチャン・マークレーと刀根康尚との対談。この三本、音響再生産技術を使うアートに関心のある研究者やアーティストにとっての基礎文献みたいなものなので、みなさん、是非ともご参照ください。なかでもダグラス・カーンのテキストはもう20年近く前のものだけど、細部で複層的な意味連関が絡み合っていて味わい深く、論の骨格や発想がなんともオリジナルで素晴らしいです。うまく訳出できていない部分も多いですが…。彼の『Noise, Water, Meat: A Hisotory of Sound in the Arts』も訳せるといいな。
展覧会図録の資料として、日本での展覧会とパフォーマンスの記録がまとめられています。これが面白い。かなり頻繁に日本に来てますね。この前Bunkamuraで見たミロ展のテーマが作家と日本との関わりだったので、なんとなく、ミロとクリスチャン・マークレーを並べて考えてみたり、やはり関係ないと思ったり。
*
クリスチャン・マークレーはけっこうな頻度で本あるいは展覧会図録を刊行していていちおう全部把握していると思うけど、なかでも、この展覧会図録は出色のデキだと思います。収録作品と展覧会コンセプトがうまく噛み合っているし、持ちやすいし、中川克志が寄稿しているし。
この図録作成だけでもけっこう紆余曲折を経て完成したもので、関係者各位のお仕事には頭が下がるばかり。展覧会全体の仕事量となると、もう凄まじいんでしょうね…。
>藪前さん お声がけしてくれて、ありがとございました。クリスチャン・マークレーというアーティストの仕事に多少なりとも関わることができて、嬉しかったです。感無量です。
2022-03-01
メモ:sonificationとelectroacoustic musicとの違いについて考察するという問題系列について
城くんに教えてもらったsonificationのハンドブックというオープンアクセスの本から、sonificationとelectroacoustic musicとの違いについて考察するという問題系列があることを学んだ。
2022-02-28
メモ:electromagneticismとinfosphere
日曜日の研究会で城くんに教えてもらった論文より。
2022-02-25
メモ:Lawrence Englishと『The Conversation』について
https://www.facebook.com/katsushi.nakagawa.9/posts/10226497313316220
2022-02-02
メモ:映画『カンボジアの失われたロックンロール[Don't Think I've Forgotten: Cambodia's Lost Rock & Roll]』(2014)
東京国際映画祭「CROSSCUT ASIA」 とやらで、日本語字幕付きで、明日まで無料で『カンボジアの失われたロックンロール[Don't Think I've Forgotten: Cambodia's Lost Rock & Roll]』(2014)を視聴できる。
2022-01-07
『新潮』に「クリスチャン・マークレー:音、イメージ、文字、言葉」というエッセイを書きました
中川克志 2022 「クリスチャン・マークレー 音、イメージ、文字、言葉」 『新潮』119.2(2022年2月号):188-189。
3月になったので刷り出しをスキャンしたPDFを公開しておきます(許可は得てます)。
そのうち文芸誌『新潮』のnoteに掲載されることもあるかもしれないけど、まずは、どうぞ。
↑
https://www.facebook.com/katsushi.nakagawa.9/posts/10226220991528348
文芸誌『新潮』に「クリスチャン・マークレー:音、イメージ、文字、言葉」というエッセイを書きました。「世界には音が溢れている」ことと〈翻訳における創造的な誤読可能性〉について書いてみました。みなさま、どうぞご覧ください。
『新潮』の現物を手にして、この号には掲載されていないけど、久しぶりに多和田葉子さんの小説を読み直そう、と思いました。
「川」が三人並んでる。
2022-01-05
バシェ、ティンゲリー、モリス、ベルトイア以外の20世紀後半以降のサウンド・スカルプチュアの先駆者について
20世紀後半以降の音響彫刻の先駆者としては、バシェ、J.ティンゲリー、ロバート・モリス、ハリー・ベルトイアの四人をあげることが多い。しかし、この4人以外にも多くのアーティストが、1950-60年代にすでに音のある視覚美術作品を制作し始めていた。
Alan Licht, Sound Art Revisited. 2019では、1950-60年代に音のある視覚美術作品を制作していたアーティストとして、ステファン・フォン・ヒューン[Stephan von Huene, 1932-2000]、レン・ライ[Len Lye, 1901-1980]、タキス[Takis, 1925-2019]、ピーター・ヴォーゲル[Peter Vogel, 1937-2017](フェアライトCMIの開発者とは別人)、ヴァルター・ギールス[Walter Giers, 1937-2016]といった名前が言及される。それなりにまとまったウェブサイトがそれぞれ作られているので、〈それぞれの全体像〉を知るのは困難ではない。Takisは2019年に亡くなった時にちょうどTateで回顧展をやっていたし、全員、何らかの図録や論文で扱われている。日本語での情報は、ゼロではないが、少ない。
ただし、全員、必ずしも音にフォーカスした活動をずっとしていたわけではないので、〈それぞれの音のある芸術作品〉に関するまとまった情報を知るのは難しい。というか、それぞれ〈活動全体における音のある視覚美術作品の位置と意味〉を考える必要があるので、〈それぞれの音のある芸術作品〉についてだけ知ってもあまり意味はない。
彼らについて、まとまった形で言及されることはないが、少しずつでも良いから、資料を集めて勉強を進めていこう。何か見えてくるだろう。現段階での予想では、思っていたよりずいぶん前から美術館には音が侵入していたと再認識したり、「キネティック・アート」の重要性を再認識したり、するようになるのではないだろうか。
*
レン・ライ[Len Lyre]について。
この人が1960年代からキネティック・スカルプチュアを制作していたことを見逃していた。UbuWebのツイートで彼の「Composing Motion: The Sound of Tangible Motion Sculpture」という音源を聞いて、面白かった。彼のキネティック・スカルプチュアがガンガン何かに当たるだけの音が録音されていたりするのだが、心地よい。たぶんこういうのかな?
面白かったので、いくつか調べてみた。
2021-12-23
塩尻かおり『かおりの生態学 葉の香りがつなげる生き物たち』(共立出版、2021年)
龍谷大学の塩尻かおりさんからご恵投いただきました。
塩尻かおり『かおりの生態学 葉の香りがつなげる生き物たち』(共立出版、2021年)
かおりが虫や植物の行動やコミュニケーションにおいてどのような役割を果たしているかを分かりやすく説明した本です。自然科学です。130ページほど。専門的内容を分かりやすく説明しているので、まったくの専門外の僕も、ざらっと短時間でへー、ほー、と言いながら斜め読みしてしまいました。
こういうのをなんと言うのか知らないけど、どうやら「実験生態学」という呼び方があるらしく、研究方法が面白いです。研究室で顕微鏡を覗いて、かおり成分の化学反応を確かめるとかではなく、もっとアウトドアなやり方です。例えば、〈ある植物が匂いに対してどのように反応するかを調べるために、人があまり来ない山中で、その植物の何十体かの枝を切り、そこにナイロン袋をかけて、それを1日後、2日後、7日後…に外す、という実験を行うことで、枝を切られたその植物の隣の枝がどのような反応を示すか〉を調べる、みたいなことをしています。具体的には、車でけっこう遠くの山まで行って、木から枝を取り外して、そして帰ってくる、というのを何日も継続して、やっとデータを得る、という感じです。
美学は五感の研究なので匂いや嗅覚に関する研究もあってしかるべきだけど、現実問題としてはほとんど研究されていないと思いますが、この本は〈自然科学におけるかおりの研究の一事例〉として、人文系の研究者にも分かりやすいです。オススメします。
*
このひとは僕がカリフォルニアでえらくわちゃわちゃした時にお世話になったひとりなのだけど、フレンドリーなひとなので、UC Davisにいたたくさんの理系のポスドクの人ーーあのひとたち、どうなったんだろうーーと引き合わせてくれたり、この実験にも一度連れて行ってもらったりもしました。袋を被せられた植物の写真、なんとなく見覚えがある。そういえば、僕が帰国する直前に車を貸したら、ちょうどその車が火を吹いて動かくなくなり廃車手続きをしてくれました(廃車手続きも終えてから連絡が来た。怪我なくて良かったよ、ほんと)。
で、久しぶりに連絡があったのです。本が出る、そこには、名前は出てこないけど僕が二箇所に登場する、ということでした。で、なんのことだろう、と思いながら探したのだけど、1つ目は分からなかったけど、2つ目は分かりました。
まず、2つ目の方。
こちらは読んだ途端に思い出しました。そういえば確かに、カリフォルニアからの帰国便で偶然このひとと同じ便で帰国していて、手荷物検査場で会ったことがあった。向こうは何か用事があるみたいだから僕は先に家に帰ろうと思っていたのだけど、手荷物検査されて、追いつかれた。ついでに思い出したのは、そういえば僕は30代になるまで、入国検査のときはどの国でもだいたい検査されてたし、別室に連れて行かれて全身検査されたこともあったなあ、ということです。凶悪そうな顔つきとかではなかったはずなので、たぶんジャンキーとか運び屋とかそういう感じのひとだと怪しまれていたのではないかと思います。30代以降はなくなったなあ。
1つ目の方は分からなかったのだけど、最初のページに登場していたそうです。
この人は「かおり」という名前なので、「”かおりの生態学”というタイトルで本を書いてみようと思っている」とある友人に言ったところ「ダサい!」と返されたらしく、それが僕だというのです。でも、そんなステキなアイデアに対して僕がそんなこと言うはずないので、それはきっと別人と間違えているのだと思います。
ということで、みなさん、おすすめです。自然科学的なやり方で世界を切り取ると、こんなふうに見えるのだ、とういことがシンプルに提示されています。







