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2026-04-03

メモ:先崎学『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』

娘と一緒に図書館に行って、図書館では研究に関係のない本を借りることにしているので、だいたい将棋か登山の本を借りるので、今回はこれを借りた。夕食後に少し読み始めたところ、面白くて一気に最後まで読んでしまった。

うつ病になった人は何を考えてどういう気持ちで日々を過ごし、回復していくのか、あるいは、回復したと思ったらまた鬱に戻ってしまうのか、そういう解像度が高かった。これまで出会ってきた「うつ」の人たちのことを思い出しながら、また、今後出会うであろう「うつ」の人との付き合いかたのことを考えながら、これは紙の本として手元に置いておくべきかもな、と思った。

読みやすい文章だったので編集者の手がかなり入っているのかなと思ったが、この人はたくさん文章を書いているので、この人の力なのだろう。

うつ病は脳が風邪をひいた状態なのだろうとよく分かる。なぜ、そうなるのだろう?

 

 
『シュレーバー回想録 ある神経病患者の手記』を思い出した。

僕は平凡社が1991年に出した542ページの鈍器本をPDFにしているのだけど、これはその後、中公クラシックスに入った。今日知ったが、別の訳者による『ある神経病者の回想録』という講談社学術文庫版もある(kindle版もある)。こういう電波ブログみたいなものをきっちり訳す仕事というのは、まったく大変だろうなあ。どういう使命感でするんだろう。




先崎学 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%88%E5%B4%8E%E5%AD%A6
うつ病九段 - 動画配信 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020111295SA000/index.html?capid=TV60
『うつ病九段』精神科医の兄が語る「あの時、先崎学を救うには入院させるしかなかった」 | 文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/26353
うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85%E4%B9%9D%E6%AE%B5_%E3%83%97%E3%83%AD%E6%A3%8B%E5%A3%AB%E3%81%8C%E5%B0%86%E6%A3%8B%E3%82%92%E5%A4%B1%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E4%B8%80%E5%B9%B4%E9%96%93

シュレーバー回想録: ある神経病患者の手記 | シュレーバー,ダーニエール・パウル, 浩, 尾川, 猛, 金関, 石澤 誠一 |本 | 通販 | Amazon https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%9B%9E%E6%83%B3%E9%8C%B2%E2%80%95%E3%81%82%E3%82%8B%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%97%85%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%AE%E6%89%8B%E8%A8%98-%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AB-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC/dp/4582373917/ref=pd_sbs_d_sccl_1_1/357-5538339-1388811?pd_rd_w=8VLsq&content-id=amzn1.sym.d9975236-2c6f-40f8-8a79-8a86a96a4ad2&pf_rd_p=d9975236-2c6f-40f8-8a79-8a86a96a4ad2&pf_rd_r=7VTKSC06WAWS6HPYGWH6&pd_rd_wg=OkRMj&pd_rd_r=5bd61ca6-82eb-4177-b6fb-6570c51def5d&pd_rd_i=4582373917&psc=1

2026-03-16

メモ:佐野風史 Fushi Sano Solo Exhibition "Before Listening"






お声がけいただき、黄金町で佐野風史さんの個展を見に行きました。

Fushi Sano / 佐野 風史 https://fushi-sano.studio.site/news
イキの良い若いアーティストの作品、という感じで、良かったです。行く前はコンセプトが面白そうだと思っていて、実際に作品を見てみると、作品に結実できているところもあればコンセプト以上のものができているところもあれば、なんか上手く行ってないところもあるような気がしたけど、そういう渾然一体感は面白かったです。
個展は明日までなのでこのポストに宣伝効果はないと思うけど、ノイキャンを使った作品は予約制なので、体験しに行かれる方は気をつけてください。

 

 
耳の形を機械的に変えたりとか、再生産される音響をノイキャンのイヤフォンで操作したりとかする「聞く作曲」というコンセプトを掲げているっぽくて、あと、これまでたくさん作品を実際に作ってきているし、それが良いと思ったので、また、行きやすい場所でやってくれていたし、見物しに行ってきました。
本人が色々思うこととか、歴史的系譜への意識とか、「聞く作曲」のコンセプトとか、そこらへんの色々がまとまって「うりゃ!」となって、今回のような展示になっているそうです(作品鑑賞後にお話ししたのだけど、そのお話の内容をおおまかにまとめるとこんな感じだったような気がする)(「うりゃ!」じゃなくて「ばっ!」だったかも)。

佐野さんは慶應義塾大学大学院SFCの人で、環境情報学部の人で、xmusicの人らしいです。「SFCの人」とは、僕は、田中さんとかDannyさんとか何人かと個々に会ったことがあり、今日も佐野さんと他にお二人いたのだけど、「SFCとはどんなところか?」というのはよく分からんままでした。藤沢には「サウンド・アート」を作っている人が集まっているらしい。藤沢に?! そのことを思うとなんか不思議なので、何か縁がないものかなあ。

 

 
今日は朝からパスポートセンターで娘のパスポート更新手続きなどあり、その後も1200までに帰宅する必要があり、朝から車でウロウロして、黄金町も久しぶりだけど歩き回る時間も取れず。会場の八番館というところは、「試聴室その2」の目の前でした。でも「試聴室その2」が今どうなっているかを見る時間もなかった。残念。

メモ:昼間賢『ポール・ブレイ 即興の時を求めて』(カンパニー社、2026年)

昼間さんの著書を落手しました。

ECMにイカしたアルバムを残しているジャズのピアニスト、ポール・プレイ、このミュージシャンに関する、日本では初めての書物、とのこと。

僕はこの音楽家のことをよく知らず、聞いてみて、「端正だけど地味だなあ」とか思ってたのだけど、それより、この文章、すごい。ちょっとビックリした。

この音楽を聞く意味とか意義を文章が担保してくれるというか。気取ったレトリックを大袈裟に見せようと頑張る批評文とかでは全くなくて、とてもロジカルに理解できる。と同時に、ポール・ブレイの音楽が他のミュージシャンの演奏や作曲とどのように違うかを、かなり明確明晰に腑分けしている。今年の音楽本大賞の有力候補ではないか(推薦するの、忘れそうだけど)。

(「別にこの人の音楽を僕がいま聞く必要性も必然性もない」のだけど、この文章を読んでいると、ポール・ブレイの音楽を聴くことには意味と意義がある、と感じる。「批評」あるいは「研究」として、望むべく最良の効果/成果の一つではないか。) 

2025-09-04

メモ:Holmes, Thom. 2022. Sound Art: Concepts and Practices

Holmes, Thom. 2022. Sound Art: Concepts and Practices. London, England: Routledge. https://doi.org/10.5040/9781138649491.


著者
は電子音楽史の教科書として定評のある『Electronic and Experimental Music』を書いた人。何度も増補改訂版が出されていて、今はsixth edition。毎回ちゃんと内容も修正更新しているし、頻繁にポッドキャスト?ミックス?をアップロードしていて、その勤勉さに驚く。

そのThom Holmesがsound artの教科書を作成していた。まったく評判を聞かなかったし、アンテナに引っかかってこなかったので、2022年にこういうものが出ていたことに驚いた。でも、それも仕方ない、という感じのものだった。

(そういえば、2010年代後半に、この本が出るらしいと知って注文してしかしなかなか出なくてキャンセルされて…、みたいなこともあったような気がする。)

この本は“Sound Art offers the first comprehensive introduction to sound art written for undergraduate students.” という志らしい。学部生で、かつ、おそらくは、美大でsound artを制作してみたいという学生を念頭に置いているのだと思う。

ただし、褒められそうなのはそれだけ。

Geminiに評判を調べてもらったら

「『サウンド・アート:概念と実践』は、その序文で主張されている「包括的な入門書」としての役割を、客観的な証拠に基づいて果たしていません。その評判は、否定的なものというよりは、むしろ存在しないと表現するのが最も正確です。この本は、この分野の確立された文献に加わることに失敗し、サウンド・アートの学術的言説に、意味のある形で貢献することも議論を喚起することもないままです。」

Google Gemini https://gemini.google.com/app/10f8f156a62d06f7

と言われた。

確かに!

可もなく不可もなく、どころではなく、結構穴がある。年表がけっこうとんでいるし、読み応えのある考察もないし。

なんというか、美大とか芸大で、「サウンド・アート」という授業をしたい先生が、自分で自主的に作成した講義資料、という趣がある。

音へのアプローチの仕方という点で10個ほどに章をわけたようだが、教科書がつまらないと、学生も刺激を受けないので、教科書としての出来は悪い、と考えるべきだろう。

ううん…。

2025-07-04

メモ:中島みゆきはVocaloidより凄いかもしれない

2025年4月19日放送の「新プロジェクトX~挑戦者たち~ 情熱の連鎖が生んだ音楽革命 ~初音ミク 誕生秘話~ 」を、NHKオンデマンドでやっと見た。初音ミク現象について、多方面に触れていて良いドキュメンタリーだったし、最終的には中島みゆきの偉大さに想いが至るドキュメンタリーだった。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2025145869SA000/? 


最近、大学院生とNina Sun Eidsheim, The Race of Sound, 2019 (Open Access: https://library.oapen.org/handle/20.500.12657/22281) を読んでいて、ch4ではヴォーカロイド文化が取り上げられていた。そこでは、Vocaloid技術を用いたLEONとLORAという奴らが先にデビューしていたが、それらはキャラクター化されておらず、ソウル・ミュージックのバックシンガーとして使われるシンセサイザー音源の一種として、販売された。が、ソウル・ミュージックで使われた事例は全くなく、ただし、ファンたちが自由に勝手にキャラクターをつけて盛り上がったりしていた、ということが語られていた。で、その後、初音ミクが爆発的に普及したのだ、というお話だった。

このドキュメンタリーでは、初音ミクの前にMEIKOがいたことには触れられていたけど、LEONとLOLAのことには全く触れられていなかった。
 Eidsheim 2019では「初音ミクはLEONとLOLAに影響された」とは明言されていなかったので、直接的あるいは事実として、初音ミクとLEONとLORAは、あまり関係ないのかもしれない。どうなのか。

NinaさんはLEONとLORAの役割を過大評価しようとしているとか、プロジェクトXは初音ミクの役割を過大評価しようとしている(ので先駆者の存在を無視している)とか、そういうことはどうでも良いのだが、事実としてはどうだったんだろう。


突然COMPOSTELLAが流れて、びっくりした。一聴して分かる。初音ミクの成功に向けて活躍した一人が、音楽好きであることを示すために再生された事例として、再生された。

初音ミクに関するプロジェクトXの番組でも、やはり、中島みゆきの地上の星が流れるのであって、初音ミクに歌わせたりはしないんだな、と思った。ヴォーカロイドの曲を人間が歌うようになった例としてAdoを紹介する際に、Adoの歌声と中島みゆきの「ヘッドラーイトー」という歌声が交差したり、中島みゆきだけになったり、という場面で終わった。 その最後のところがすごかった…! 
(プロジェクトXって初めて見たかもしれん。なんか、すごいフォーマットやな…。)

2025-06-22

メモ:川上未映子『夏物語』


去年の10月(241023)に購入して、それ以来、夜に時間のある際に一章ずつ読んできた。2025年6月22日22:25に読了。ゆっくり読んだ。  

主題や構成もそうだが、各章の構成や塩梅や配分も含めて、傑作。関西弁も素晴らしい。

2025-06-21

メモ:高妍『緑の歌』

 高妍『緑の歌』を読んだ。日本文化(細野晴臣や村上春樹)に憧れることで自分の世界を広げていった台湾の若者のお話。「風をあつめて」をしっかりと聴き直しながら読むなど。

「日本文化に親近感を持つ台湾の若者の話」なので「台湾のお勉強」の一環と思って読み始めたのだけど、何より、「若者の話」として繊細でよくできていて、アラフィフのおじさんとしては、もはや自分には関係ない(=こういう心の動き方をすることはない)けど過去の自分には似ていたかもしれない、とか思って、良かったです。若者としての僕の同時代の作家ではないけれど、読んで良かった。もはや、これにとてつもなく動かされるという感じではないけど、良いマンガでした。でも『隙間』も読もう。

と思ったら、ちょうど、高橋源一郎「飛ぶ教室」のゲストだったそうです。今(2025年6月23日10:04)から聴き逃し配信を聞いてみよう。


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Xユーザーの高橋源一郎さん: 「明日の「飛ぶ教室」、1コマ目は温又柔(おん・ゆうじゅう)さんの『台湾生まれ 日本語育ち』を読みます。3歳で日本に来た台湾人作家が台湾語・中国語・日本語3つの「母語」の間で揺れ動く物語。2コマ目のセンセイは台湾出身の漫画家・高 妍(ガオ・イェン)さん。傑作『隙間』が完結したばかり。」 / X [https://x.com/takagengen/status/1935641636115263784](https://x.com/takagengen/status/1935641636115263784)

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追記:

あとがきが良かったな。一生創作し続けることを決意した若き創作者の言葉として。

2024-11-10

メモ:藤原和通展、今井祝雄展

岡山県立美術館で『藤原和通―そこにある音』展

早朝横浜を出て最終日に滑り込み、すぐに神戸に向かう。
藤原和通といえば1970年代の音響標定と、イタリアから帰国後のウゴウゴルーガなどの活動が有名。この展覧会はそんな藤原和通に対する理解を修正調整してくれた。
音響標定は何度も行われたみたいだけど、僕は、この展覧会で初めて、その記録映像を見た(僕だけじゃないのでは?!)。丸太を選んで運び込んででっかい石臼と石臼を回す回転軸などを作って、そしてすぐに解体する様子の映像。関係者間にはあったのかもしれないが、僕は関係者じゃないので、知らなかった。というか、一時間ほど映像を見ていて思ったのだが、なんの役に立つのか全く分からないこんなものに、よくもまあ、けっこうな人数とお金を巻き込んだものなだなあ。「アーティスト」ってスゴイ。あと、やはりら藤原和通は、「芸術における音の歴史」という文脈より、「1960-70年代の日本における環境芸術とかハプニングとか」の文脈で考えたほうが面白いかも。そのような文脈にいて、「しかし作曲家を志していた人」として。この言い方だと、小杉武久と被るな。だから、ちょっと言葉足らずか。
後年の帰国後のオトショップの展開とかバイノーラル録音とかは、どう考えるべきだろう。映像入りフィールドレコーディング録音を小売り販売するって、音声データ販売が当たり前になった今考えると、「古くなってしまった新しいメディア」でしかないようにも思われるし。
展覧会を企画した学芸のホンさんと少しお話しする。藤原和通関連でもっと深掘りできるらしいことを知ったり、アーティストの生き様について色々学んだり。今後の展開が楽しみ。

今井祝雄展@芦屋市立美術博物館

写真、映像、ビデオ、磁気テープなどを用いながら、時間経過を記録し続けることによって何かを曝け出そうとしたり、コンセプチュアルに何かを記録することによって何かを曝け出そうとする1970年代の今井は、かなり、「メディア」アーティストだし、「(バズワードとしての)現象」を相手にしていると説明ざるを得ないような作家に思われる。が、バズワードで説明される作家が多くの場合そうであるように、ここでも単に言葉が足りないだけだ。正解に、今井は、当時新しかったメディアを用いてその可能性を探究していた、と、述べるべきだ。そして、それは、草むらにガラス板を置いてその変化を記録するSquareのような傑作を生み出すこともあるし、曲がり角で必ず写真撮影しただけという何というかあんまりよく分からないものもある。
時間を扱うメディアとしての写真、ビデオ、テープの可能性を組み尽くすのに成功しているようには思えないが、失敗しているわけでもない。いくつかは世界レベルの凄さだと感じるが、どこか物足りないとも感じる。
関西文化の日で観覧無料だったので、たくさんいた。テープ作品を見て子どもたちはどう思うのかしら。
こちらも藤原展もちゃんと図録作ってあって、素晴らしい。

2024-11-05

メモ:永冨真梨(責任編集)、大和田俊之(監修)『カントリー・ミュージックの地殻変動──多様な物語り』(河出書房新社、2024年)

を落手しました。ありがとうございます。

「面白そうだけど、カントリーかあ…。苦手なんだよなあ…。」と思いつつ、斜め読みしましたが、これは、読みやすく、しかし、複雑な内容を単純化せずに語っている、良い本でした。インタビューも対談もちょっとした論考もディスクガイドもあって、「カントリー」に色々な方向からアプローチする(ことができると教えてくれる)。

ただし、そんな感じで学術書ではないのだけど、分かりやすさに媚びていないというか。永冨さんらしさを感じました。「永冨の語りは世界の単純化に抵抗するのだ」(『ポピュラー音楽研究』v24 (2020): 109)なあ、と。

ということで、カントリーの可塑性みたいなものを丁寧に探るこの本の趣旨とは反対かもしれないけど、とりあえず、Apple Musicの「カントリー」のプレイリストをライブラリに追加しておきました。今のところ、個人的な人生の記憶に関わるということもあり、《Take Me Home, Country Roads (Original Version)》だけが頭に残っています。

大和田さんのハリー・スミス本も楽しみですね。僕ももっと頑張るぞ。

2024-10-29

メモ:ネットフリックスで『極悪女王』

を見た。昭和の貧乏なお家の様子が懐かしく、面白く見た。プロレスには全く興味がなかったし今後もないと思うけど、最後の第5話でダンプ松本の引退試合の展開を見て、「ああ、なるほど、これは歴史改変系の物語なんだな(タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』とか『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』みたいに)」と思って見て、それはそれでスッキリとした気持ちで楽しんだ。

で、見終えてからダンプ松本の動画を探してみたら、本当にあったことだったことを知って、ちょービックリ。あと、髪切りデスマッチの試合描写もあんまり誇張して描いていたわけではなかったっぽいことに、ビックリ。

涙・感動!極悪女王Netfllix公開記念 極悪女王ダンプ松本引退試合 全日本女子プロレス栄光の日 #ダンプ松本#極悪女王#ネトフリ極悪プロレス#極悪同盟 引退試合全日本女子プロレス公式 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=CcINtl02_38

2024-09-17

メモ:ポール.J・シルヴィア『できる研究者の論文作成メソッド』

 

三年前に読んで衝撃を受けたポール.J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』の続編、『できる研究者の論文作成メソッド』を読む。

ここまで論文作成の具体的プロセスが実践的に説明されると、「IF係数の高い雑誌に掲載する論文作成」が至上命題になっていない領域の研究者(≒人文学の研究者)には、参考にならないことが多い。でも、この本も勇気づけられる本だった。

共著論文というのは人文系はあまり多くないが、僕は今、編著を作成しているので、色々と学ぶアドバイスは多かった。共著作成時にはメールを使うべきではない、と断言できるのは、羨ましい。原著は2015年出版で翻訳は2016年出版だが、僕の周りではいまだにメールしか使わない人も多い。書籍の分担執筆や百科事典項目や書評は「やめておいた方がよい執筆」(227-)だというのは、分野が違うから、だろうか。「本」は研究成果発表の場所としてまだ大切な気がする。(でも、そういや、ここ数年でものすごく増えてきた無茶苦茶ページ数の多いhandbookの類は、こういう「やめておいた方がよい執筆」なのかもしれない。あるいは、若手研究者のとりあえずの発表場所、みたいな感じもするが。)

書く理由は色々ある:「学ぶために書く」、自分の考えを発見するための方策として書く、という人もいる(4)

インパクトのある論文を書くとは「その分野で交わされる会話の内容に変化をもたらそうと努力をすること」(8)

経験を積んだ研究者であれば、投稿前の段階で再投稿の計画を立てている。(29)

学習をめぐって、僕が頭の中で考えているモデルは、情報化時代の教員としては少々風変わりかもしれない。そう、本を読むべし。(31)

ライティングの本を読むことについて:年に一冊以上は読むこと(39)

共著について:書きかけの断片についてフィードバックを求めないこと、電子メールで行わないこと、一人が下書きを全て書いてみること、コメントはオプトイン制にすること(締め切りを設定して締め切りまで返信がなければ承諾したとみなすこと)

うまくいかない時は、「最初のステップは、金輪際、厄介な研究者と一緒に共著論文を書いたりしないと誓うこと」「原稿の完成に向けて粘り強い督促作業を開始」すること、「厄介な共著者に降りてもらうよう打診すること」など

「研究者たるもの、作品一本ではなく、一連の作品群の展開を目指すべきだ」(217)

「書き終えたばかりの論文がとんでもない難産で、論文など金輪際書けそうにないという気分でいるとしても、とりあえず落ち着こう。大丈夫、書ける。」(232)

「僕らは、自分の自由になる部分などほとんどないという事態を受け入れたうえで、自分の自由になる部分、つまり自分自身の行動という部分をコントロールする必要がある。執筆にあてる時間帯を選択し、その時間が来たら机に向かって執筆を開始し、その時間が終わったら執筆をやめる。執筆をスケジュールに組み込むことは、「文章をたくさん書く人が、どうやって文章をたくさん書いているか」そのものだ。」(233)

「まずは試してみよう。週4-6時間を執筆に充てるところから始めるのがよいと思う。」(233)


「推薦の言葉」より

「ものごとをロジカルに考える習慣が身についているはずの研究者なのに、彼ら彼女らの多くが「塵も積もれば山となる」をいまだに実感していないのは驚くべきことである。」(iv)


参考:

I am alive.: メモ:ポール.J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』 https://after34.blogspot.com/2021/07/j.html


2024-06-10

メモ:映画『関心領域』(2024)

 Mark Isにできた新しい映画館で『関心領域』を見た。演出における音響効果の使用が多いとのことだったので、是非とも映画館で見なければと思ってみに行った。新しい映画館は座席からも音が再生されるらしく、それが良いか悪いかは映画によると思うけど、映画の音響効果の使い方の意図は分かりやすかった気がする。

物語としてはえらく単純で地味な筋で、「何も起こらない」と言っても過言ではないが、最後の現在と交錯する映像や画面全体が赤色に染まる演出などは面白かった。アニメーション映画『戦場でワルツを』(2008)の最後のシーンを思い出すなど。

このヘス所長の邸宅が収容所の隣にあったって、実話なの???

あと、あのリンゴの少女はなんだったんだろう?(→こういう記事が出てきたけど:実話だった!『関心領域』リンゴを置く少女の演出をネタバレありで考察 | タビシネマ

音響効果は、「普通なら消される背景音」が消去されずに残っていること、が面白かった。「普通なら消される背景音」が消去されずに残っているので、視聴者は少し違和感を感じるのだけど、その背景音は物語の筋とは無関係なので、視聴者も無視しながら聞くようになる(あるいは、違和感を感じつつ「とりあえず」は無視するようになる)、という仕掛けがポイントだった。

2024-06-09

メモ:松本清張『ゼロの焦点』


僕の指導学生じゃないけど大学院生が研究で扱ってるし、寝る前に読んでいると数分後に眠くなるのでちょうど良い寝る前読書として、読んだ。

東京から金沢まで夜行列車で一泊かかるとか、ところ構わずタバコを吸うとか、人とお話をするために旅館の部屋を借りるのが当たり前とか、色々な文化風俗が違うので、そういうのに引っかかりつつ読んだ。

『砂の器』でも思ったけど、設定に無理があるけれど叙述の蓄積でなんとなく不自然さが醸し出されないように物語を展開していくのが松本清張なんだなあ、と再認識。とはいえ、結構強引なお話ではあるよな、とは思う。偽名での二重生活のディティルの説明が怪しすぎないか。基本的には、主人公のモノローグあるいは思い込みに過ぎないことも多いわけで、だからといって、私小説的な技巧が凝らされているわけでもないし。

ともあれ、ここで描かれるのは、戦後13年の段階におけるパンパンへの同情的な視線、だった。ただし、パンパン全員ではなく、両家の生まれ育ちでやむを得ない事情でパンパンになったがそこからなんとか抜け出せた人限定、だった。


これを2020年代の日本で語り直すことの意味は何だろうか。1950年代後半の日本における女性表象の一事例、程度ではないのか? という疑問をメモしておこう。

2024-03-20

メモ:ニーナ・サン・アイズハイム『声の人種[The Race of Sound]』、Jimmy Scott

いま、ジョナサン・スターンのある論文を翻訳するために、ニーナ・サン・アイズハイムという人の『声の人種[The Race of Sound]』という本を確認している。この本は、声を通じて人種を想定する行為がいかに文化的な営為であるかを、きちんとした理論的整備といくつかの事例分析を通じて検証しようとするものらしく、序文で提唱される〈声は単一的なものではなく集合的なものである、声は内的な発露ではなく文化的に規定される、声の源は発話者にではなく聴き手にある〉といった命題も魅力的で(どうやってこういうことを説得的に論じるのだろう?という知的好奇心を掻き立てる)、面白そうである。ヴォイス・スタディーズな人に噛み砕いて訳してもらいたいところ。

ともあれ、この本では、カルマン症候群にかかったので声変わりしなかったJimmy Scottという歌手のことが分析される。この歌手はスターンの論文でも人名が言及されていたのでapple musicで検索して聴いてみて、なるほどこんな感じね、と思っていた。で、今日またちょっとググってみたところ、この人はツイン・ピークス最終話のクーパーの夢世界みたいなところで歌っていたことを知った。

Jimmy Scott-Sycamore Trees (Twin Peaks) - YouTube

クーパーが若い!
数十年前に初めてこの歌う場面を見た時の記憶はもうないけど、確かに、この声が男声か女声かは、すぐには決定できないかもしれない(リンチなのだから、歌う演技をする男性の俳優に女性歌手の声を重ねる、という演出も十分あり得そうだし)。声の源の性別や人種を決定するのは発話者ではなく聴き手なのかもしれない。


アイズハイムの本はこちら。オープンアクセスがある。 Eidsheim, Nina Sun. 2018. The Race of Sound: Listening, Timbre, and Vocality in African American Music. Duke University Press. https://doi.org/10.1215/9780822372646. (オープンアクセス版はこちら:https://library.oapen.org/handle/20.500.12657/22281 こちらの出版年は2019年になるらしい。)

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最後に宣伝させてください。
『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』が出ました。音響彫刻など視覚美術のことだけではなく、実験音楽などアヴァンギャルドな音楽のことだけでもなく、包括的に「サウンド・アート」について整理した唯一の本です。
四つの領域におけるサウンド・アートの系譜を整理しました。それぞれ、音響彫刻小史、実験音楽としてのサウンド・アート小史、メディア・アートとしてのサウンド・アート小史、サウンド・インスタレーション小史として読めます。この領域への解像度を高めてください。
サウンド・アート(音のある美術やアヴァンギャルドな音楽など)について語る語彙と概念が更新されるはずです。『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』が広く、長く、読まれますように。

サウンド・アートとは何か - 株式会社ナカニシヤ出版 https://www.nakanishiya.co.jp/book/b10044931.html

2024-02-22

メモ:『She's More Wild』(1981)

Sonic Arts Unionに関する文章を漁っていて、変な映像を見つけた。寿司屋さんのアニメーション(?)とデヴィッド・バーマンらしいグリッサンドするシンセサイザー。David Behrmanと(「Dion Casio」さんではなく) Paul DeMarinisさんが音楽を提供した1981年の「She's More Wild」というレコードがあり、2020年にその完全版(全曲収録盤)が発売されたらしい。これはその曲に付けられた映像ということか?

David Behrman, Dion Casio, Fern Friedman, Terri Hanlon, Anne Klingensmith - Japanese Disease - YouTube 


以下、YouTube動画の説明欄の(ChatGPTではなく中川による)要約。

1981年に、David Behrman, Paul DeMarinis, Fern Friedman, Terri Hanlon, and Anne Klingensmithがミルズ・カレッジで録音した『She's More Wild』というレコードがあるらしく、2020年に再販されたらしい。それまでは3トラックが収録された7インチで少数にしか流通していなかったので、今回のリリースで初めて完全版が販売されたらしい(She's More Wild... | David Behrman, Paul DeMarinis, Fern Friedman, Terri Hanlon, Anne Klingensmith | Black Truffle)。

歌詞?言葉?ナレーションを書いたのはFERN FRIEDMANとTERRI HANLONらしく、音はデヴィッド・バーマンとポール・デマリニス。で、その音が「a ‘pop’ formatに近づいている」という説明がなされている。バーマンのクラシック『On the Other Ocean』で聞くことのできる滑らかに周波数を変化させていく電子音や、デマリニスの『Songs Without Throats』で聞くことのできるSpeak n’ Spell(おもちゃのアレ)をハックした音だとかが、ポップだ、という説明の仕方。これに似たものはJacqueline Humbert & David RosenboomのDaytime Viewingくらいだろう、とのこと。



ということで、最後まで分からないのだが、この映像は誰が作ったのだ?

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最後に宣伝させてください。

『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』が出ました。音響彫刻など視覚美術のことだけではなく、実験音楽などアヴァンギャルドな音楽のことだけでもなく、包括的に「サウンド・アート」について整理した唯一の本です。

四つの領域におけるサウンド・アートの系譜を整理しました。それぞれ、音響彫刻小史、実験音楽としてのサウンド・アート小史、メディア・アートとしてのサウンド・アート小史、サウンド・インスタレーション小史として読めます。この領域への解像度を高めてください。

サウンド・アート(音のある美術やアヴァンギャルドな音楽など)について語る語彙と概念が更新されるはずです。『サウンド・アートとは何か 音と耳に関わる現代アートの四つの系譜』が広く、長く、読まれますように。

サウンド・アートとは何か - 株式会社ナカニシヤ出版 https://www.nakanishiya.co.jp/book/b10044931.html

2024-02-13

メモ『音の行方』


音遊びの会のドキュメンタリーを池袋(東京芸術劇場)でやっと見れた。

なんかむっちゃ良かった。僕のなかに溢れ出る多幸感。
なんつうか、偶然巡り会えた音楽家たちが、予想していなかったようなシナジー効果のおかげで、すごくカッコ良いし、カッコ良いかどうかあまり関係ないかもしれないというタイプの音楽を演奏してしまった、みたいなことだったのだろうか。これはThe Langley Schools Music ProjectとかThe Shaggsとかともまったく違う。公表してもしなくても良いけど公表した方が面白そうだし、子どもたちも楽しそうだ。こういう演奏カッコ良い!と思う人がたくさんいるからこそ、この演奏はカッコ良い、というところもあるので、こういう即興演奏を認める人が少なかった時代には、こういう演奏はどう思われることになっていたのだろうか。「アール・ブリュット」とか呼ばれるしかなかったのだろうか。いやまあ、今でも「即興演奏」が一般的に高く認知評価されてるわけでもないだろうけど。
何か楽器を衝動買いして帰ろう!と思って池袋駅周辺をウロウロしたけど、幸い楽器屋を見つけられなかったので、楽器は買わずに帰宅中。
ともあれやはり、考えずにいられないのは、誰がどんな感じで、彼らの演奏会場や楽器を手配し、セッティングし、片付けているのだろうか、ということである。ドラムセットだけで2,3台あるようにも見えたけど。
電子ドラム買おうかな…。

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2024-01-12

メモ:「サンゴは森の夢をみる」@ 座・高円寺

台湾のヤニク・ダビさん(Yannick Daubyさん)の絡む展覧会とのことで、早稲田の帰りに高円寺に立ち寄った。(その死体を見ることの方が多い)サンゴは(台湾の山に住んでた方が一旦街に出た後に山に戻って生活しているらしい)山の夢をみるとは、なんとステキなタイトル。録音だけではなく、ここに行って、周りの音に耳を澄ませてみたい。ヤニクさんの録音は臨場感が高いような気がする。気持ち良いテッポウウオの音。

ということで、1600過ぎに高円寺から横浜に戻ろうとしているのだけど、この時間もう混んでる。小学生とか高校生がいっぱい電車に乗ってるんだなあ。

https://za-koenji.jp/detail/index.php?id=3070


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2023-12-28

メモ:多井学『大学教授こそこそ日記』

 

すべての話題が思い当たる。切ない。20年以上前の鷲田小彌太『大学教授になる方法』(PHP文庫)がKindle Unlimitedで読めたので読んでみたけど、こちらは、大学教授極楽時代の代物で、ジェネレーションギャップが大きすぎて、それもまた切ない。

2023-12-22

メモ:坂本龍一展@ICC

坂本龍一展@ICC 今日の早稲田で年内授業最後。横浜に帰る前にICCの坂本龍一展を見る。お客さん多し。金曜夜だし坂本龍一だし。ICCの展示室のあの階段上がったところの右側の部屋を三分割しただけのスペースなのに、なんともゴージャスな展示だった。 「サウンド・インスタレーションという表現形態を用いること」の意義をどう考えれば良いかは分からない。坂本龍一の音楽の素晴らしさが際立つというか何というか。この音楽の素晴らしさに相応する程のあり方でサウンド・インスタレーションという形態を立ち上げることができたら、ものすごいことになっんじゃないか、あと数年時間があれば、など。 年末年始1週間の関西帰省までに、何をどこまでできるだろうか。