2011-04-14
2011-04-13
2011-04-12
2011-04-09
新任教員インタビュー
2011-04-08
斉藤和義「ずっとウソだった」
斉藤和義「ずっとウソだった」
作詞作曲:斉藤和義
「ずっとウソだった」
この国を歩けば原発が54基
教科書もCMも言ってたよ安全です
俺たちを騙して言い訳は「想定外」
懐かしいあの空くすぐったい黒い雨
ずっとウソだったんだぜ やっぱバレてしまったな
ほんとウソだったんだぜ 原子力は安全です
ずっと嘘だったんだぜ ほうれん草食いてぇなあ
ほんと嘘だったんだぜ 気づいてたろうこの事態
風に舞う放射能はもう止められない
何人が被爆すれば気がついてくれるのこの国の政府
この街を離れてうまい水見つけたかい?
教えてよやっぱいいやもうどこも逃げ場はない
ずっとクソだったんだぜ 東電も北電も中電も九電ももう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ
ほんとクソだったんだぜ 何かがしたいこの気持ち
ずっと嘘だったんだぜ ほんとクソだったんだ
※現在youtube動画、ニコニコ動画では削除されてしまいましたが、見つかり次第アップしようと思います。
-------------------
→
中川の感想(20110408:UST中継の後):
無責任に「ずっとクソだったんだぜ」と乱暴にも言ってくれたのが、かっこ良かったんだろうな。誰かに責任転嫁するものではないし、自己欺瞞的であることをゴチャゴチャ考えていなくてもまあ良かろう、という気分にさせることが。
つまりもちろん、これは誰かのせいにする歌じゃないし、悪者を決めようとする歌でもないし、悪者を決めても問題解決につながるとは限らないことを思い出させてくれる歌だと思った。
で、この歌は、倫理的な問題はあるものだけどそれは歌う自分(斉藤和義)が引き受けるから聞いてるあんた(僕や他の人)はあんたの仕事をすれば良いのだ、と言ってるように思えるのが、かっこ良かったんだろう。
と思った。
→
つまり僕は、これはメッセージソングとかプロパガンダソングじゃない、と判断したのだ。
なぜかな。
これを「メッセージソング」と考えるとあまりにも視野が狭すぎると歌詞から判断して、そんな視野の狭い内容を訴えようとするメッセージソングなわけはない、とでも思ったのだろうか。
あるいは「視野が狭いこと(東京以北のことをしっかりと考えられないこと)」はそれはそれで今は構わない、とでもいってくれるような気分がしたのだろうか。
よう分からんな。
雑感 : F.M.N. SOUND FACTORY
2011-04-06
2011-04-05
2011-04-03
2000年9月2日にDragibusにTシャツにもらったサイン

まだあった。「ピジョンズ」って友だちが磔磔で前座したとき。25才の誕生日。日本でだけ(もしかしたら京都でだけ)受けてたのかも。@djmagimix
もうひたすら懐かしい。
左側の「…死んでも」ってのは、べえが書いたものだ。まだストロベリー・フラワーの前。まだ「母」でもない。
2011-04-01
2011-03-31
2011年3月31日に見た映画:『ザカリーに捧ぐ』と『故郷』
ザカリーに捧ぐ : 松嶋×町山 未公開映画を観るTV [DVD]
『ザカリーに捧ぐ』(2008)
ザカリーが可愛いので、もう嗚咽が止まらない。
爺さん婆さんになっても、筆舌に尽くし難いつらいことはあるものなのだな、と思うと、ただツライ。
故郷 [DVD]
山田洋次
『故郷』(1972)
石船の仕事というものがあったことの記録にしか見えないのは、仕事、というものに対する考え方が決定的に違うからだろう。
「時代の流れ」とは無縁に粛々と地道に額に汗流していれば報われる、そういう仕事があるという考え方に、共感できない(そもそも、石船の仕事とは個人所有の船で工事現場の岩のゴミなどを海に捨てるというものなのだから、始まりは戦後だろうし、何十年も歴史のある仕事ではあるまいと思うし)。
自分が「就職」する前日にこれを見たのは、案外良かったのかもしれない。
僕は、生きて行くために、働くのだ。
金を稼ぐというだけではなく、自分が生きるということは他人と関わるということなのだから。
僕は、他人と関わり、他人と人生を共有するために、働くのだ。
そういうことをはっきりと思えたのだから。
働くとか生きるというのはそんなものだから、今日までと明日からの僕が一番違うのは、僕が、数年後も「働いている」だろうと思いながら生きていけることだ。
僕は、ほんの半年前まで、自分の数年後に絶望しつつ日々を過ごして行こうとしていたのだった。
ザカリーが可愛いので、もう嗚咽が止まらない。
爺さん婆さんになっても、筆舌に尽くし難いつらいことはあるものなのだな、と思うと、ただツライ。
故郷 [DVD]
山田洋次
石船の仕事というものがあったことの記録にしか見えないのは、仕事、というものに対する考え方が決定的に違うからだろう。
「時代の流れ」とは無縁に粛々と地道に額に汗流していれば報われる、そういう仕事があるという考え方に、共感できない(そもそも、石船の仕事とは個人所有の船で工事現場の岩のゴミなどを海に捨てるというものなのだから、始まりは戦後だろうし、何十年も歴史のある仕事ではあるまいと思うし)。
自分が「就職」する前日にこれを見たのは、案外良かったのかもしれない。
僕は、生きて行くために、働くのだ。
金を稼ぐというだけではなく、自分が生きるということは他人と関わるということなのだから。
僕は、他人と関わり、他人と人生を共有するために、働くのだ。
そういうことをはっきりと思えたのだから。
働くとか生きるというのはそんなものだから、今日までと明日からの僕が一番違うのは、僕が、数年後も「働いている」だろうと思いながら生きていけることだ。
僕は、ほんの半年前まで、自分の数年後に絶望しつつ日々を過ごして行こうとしていたのだった。
登録:
投稿 (Atom)
