2013-05-01

フィリップ・K・ディック『空間亀裂』(1966年)

ディックの「くだらない失敗作」で、面白かった。
ディックの最初の一冊としては、絶対におすすめできない作品。

回収されない伏線や、伏線のない登場人物や、整合性のない結末などが登場する。なのに小道具やディティルは盛りだくさん。
超高速移動機の動力機関内部に発見された「亀裂」の向こう側にあったパラレルワールドをめぐるお話。この空間を、1966年に小説に描かれたアメリカ初の黒人大統領が、冷凍凍眠(ビブス)問題―増えすぎた人口を調節するために若者の多くは冷凍保存されることを選択していた―の解消に使おうと考えた。そこに、人口問題が解消すると困るひとたちがからむ。<きんのとびら>娼館衛星―これまた人口調節を目的として登場した大規模な売春宿。性欲解消が非常に重要になったので、地球上のどの国家にも属さない自治空間として地球上を周回する人工衛星に、数百名の娼婦を集めて作られた。そのオーナーはひとつの頭部をふたりで共有する奇形の双子―とか、冷凍凍眠からこっそりと臓器を盗み出して臓器移植をやっていた医師とか。さらに、パラレルワールドに既に住んでいた、現生人類ではなく北京原人が進化した人類が登場したり、ひとつの頭部をふたりで共有する奇形の双子がパラレルワールドに逃げ込みそちらで「風の神様」としてあがめられたり。
などなど。
なんとも魅惑的な細部やディティルのほとんどすべてが、さして活用されず、ほったらかされる!
この無駄遣い感が、ディックの失敗作の魅力なのだけど、そんなもの、予めディックのファンになっていなければ面白くもなんともないだろうなあ、と思った。


追記:ハリー・パーチ
そういや、作中の探偵がハリー・パーチを聴いていた「20世紀中葉の偉大な作曲家ハリー・パーチ 霧箱演奏曲」(165)。
解説(ウェブ上にあった)によると、この時期のディックはハリー・パーチの音楽を気に入っていたらしい。

空間亀裂 (創元SF文庫)
フィリップ・K・ディック 佐藤 龍雄
4488696201

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