空間がまったくの暗闇になって(隣のおっさんの腕時計の文字盤の明かりーー蓄光機能のあるやつーーがもう本当に嫌目障りになるくらい)、舞台でひとが動く様子が微かに感じられる、というダンス。
真っ暗闇になった後、瞼を閉じても開いても同じものしか見えなくなった後に、光の棒みたいなものが仄かに見えた瞬間、素晴らしかった。
それが時おり人の形になって動いたりする。また、舞台上でチェロ奏者が演奏する。
日常生活でひとが瞼の裏に感じる光の残響みたいなもの(あれ、何と呼ぶのだろう)を、目を開けたまま感じさせるダンスだった。
(という点は、スタン・ブラッケージの作品に似た点もあると言える。)
ところで、これは「ダンス」なのだろうか? つまり、別にこれを「ダンス」と呼ぶ必要はないし、「ダンス」ではない他のジャンルのことも併せて考えるとすると、これはそんなに「斬新」だろうか?
いやまあ、やっぱ、斬新か。つうかどっちでも良いか。ただ、なんつうか、ハイコンテクストだ。
奥野さんのは、蝋燭が燃え始めて気化する/液体化するまでを、身体動作と音楽と映像で提示しようとしたのだと思う。そのつながりがなんだか説明っぽすぎる気がした。
ただ、ダンスする身体にびっくりした。ダンスする奥野さんの身体や表情と、アフタートークの時の奥野さんの身体や表情が、まったく違って見えて、ダンサーとはすごいものだなあ、と思った。
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