2017-09-20

メモ:2017年9月19日Asian Meeting Festival@京都メトロ

[English]: In short, AMF 2017 is so exciting. Must go to the meeting in Sendai and Sapporo!
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*中川:問題あれば修正したり消したりします。お知らせください。
 



今日はAsian Meeting Festivalの京都メトロでの爆音ライブ。詳細はここの通り。実は僕は、AMFのみんながArt Camp Tangoに遊びに行って、鈴木昭男さんに連れられて丹後のいくつかのlistening venueを回る(そして温泉を楽しんで台風に遭遇して美味しいものを食べて夜中に無駄話を楽しむ)3泊4日に同行し、9月18日にはArt Camp Tangoで滞在制作をしたアーティストの作品が展示されている旧郷小学校で、フィードバックプレゼンテーションの司会をしました。詳細はここ。
つまり要するに、僕は、今回のAsian Meeting Festivalのミュージシャンたちと、ここ数日、一緒に温泉に入って散歩をしたり雑談したりしていました。
司会の仕事は18日に終わったけど、せっかくミュージシャンとかツアーの同行者のことも分かってきたし、もちろんのこと19日の京都メトロのライブも見て堪能しました。以下、長めのメモあるいは感想文です。

長いけど、言いたいことは要するに、今年のAMFも刺激的だった、ということです。
みなさん、仙台と札幌にも行きましょう。

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セット1

Alice 張惠笙(台南):声
ムジカ・テト(ヤンゴン):ダブル・ベースとMIDIコントローラを介したプロセッシングを駆使した即興
アーノント・ノンヤオ(チェンマイ):自作楽器、というよりも、自作音響映像制作機器を駆使して、音と光の両方を即興する機械
ゲスト:YTAMO(京都):小さなキーボード

テトのダブル・ベースが全体の中で前に出たり後ろに引いたりし、アーノントの装置が音と光を即興し、YTAMOさんのキーボードの音がダブル・ベースの音とアーノントの装置の発するキーキーキーキー音と混ざりあうような高音を発し、アリスがそれらの音に混ざり合う高音を声で発したりそれらの音が存在しないあたりのスペクトルの声を発したりしていた。このパフォーマンスの前の三泊ではテトとアーノントとカリフ8(とたむらさん)と同室だったので、二人が実はこんなことするのか、ということを知って面白かったのだけど、アリスが、一番、全体の音のテクスチュアからどの部分を補強したり抜いたりすると面白いかということを聴いて考えて実行していたように思えた。
今回の4セットのなかで僕は個人的に、Aliceとスペンサーのヴォーカル・パフォーマンスが飛び抜けて面白く聴いた。二人のヴォーカル・パフォーマンスのようなレベルのすごいヴォーカル・パフォーマンスを生で見たことがなかったので、ひたすらびっくりした。声を言葉や言葉に類するもののための音ではなく(つまり「叫び声」とかじゃなく)、音響発生装置としてのみ使うヴォーカル・パフォーマンスってすごい。


セット2

グエン・タン・トゥイ(ハノイ):鉄弦の琴
ユエン・チーワイ(シンガポール):エレキギターなど
ゲスト:YOSHIMIO(奈良):ドラムと声とキーボード(かサンプラー)

即興演奏をするひとは、普通の楽器を使う人と使わない人に分けられる。後者は、音を出す装置を自分で組み立てる。良し悪しの問題ではないが、普通の楽器を演奏することから(即興)演奏をするようになった人は、どうしても、〈既存の体系化された楽器演奏方法〉から逃れられないもので、即興演奏中のどこかでどうしても〈どこかで聞いたことのあるフレーズ〉を演奏してしまうように思う。
で、僕は、そういうフレーズを耳にすると少し残念に思う。どこかで聴いたことのあるようなフレーズを演奏するなんてクリエイティヴィティが足りないのではないか、と思う。〈”どこかで聞いたことのあるフレーズ"を演奏し、しかし、普通ではないやり方でそのフレーズを処理する〉というやり方もあるので、〈どこかで聞いたことのあるフレーズ〉が演奏されるだけで残念に思ってしまうというのはその即興演奏に対して公平ではないと思うが、まあ、そう思ってしまうの一瞬だけなので許して欲しい。デレク・ベイリーを盲目的に崇拝しているわけでもないし、他のやり方で崇拝しているわけでもない。
それはともかく、このセットで僕が最もスリリングだったのは、最後のシーケンスだった。チーワイのエレキギター、トゥイの鉄弦の琴、YOSHIMOのドラムとヴォーカルが、シングルショット(あるいはワンショット)を交換していく、という終わり方の部分が面白かった。ギターや琴など弦楽器をガッと弾くこととか、ドラムセットのシンバルとドラムを同時にジャンッと鳴らすこと自体は珍しくもなんともないけど、そのシングルショット(あるいはワンショット)を交互に演奏して交換/交歓していく流れは、お互いにお互いの演奏を聞いて、どんな風にズラスか、どんな風に続けるか、どんな風に終わらせるか、という駆け引きがよく聴こえるようで、面白かった。
とはいえ、爆音で耳が痛かったなあ。


セット3

イ・カホ(クアラルンプール):二種類の笛
C・スペンサー・イェー(ニューヨーク):声とヴァイオリン
ゲスト:中田粥(大阪):バグシンセ

前日のArt Camp Tangoでは、イ・カホとグエン・タン・トゥイという二人の達意の演奏家のセットがあり、それはとても面白かった。このセットでもイ・カホの笛はすごくて、いわゆる「きちんと」演奏することも出来るに違いない達意の演奏家が、定型的なフレーズから少しずつ音程をずらしていったり吹き込む息を少しずつ揺れさせたり震えさせたりしていくのだけど、その震えのすべてまでをもコントロールしているように聞こえて、すごい演奏家だなあ、と思った(実はこのひとのバックグラウンドは、ヨーロッパ的ないわゆる前衛音楽の本格的な作曲家で、国立大学の先生で、そもそもはchinese paintingを描いていて、即興演奏は政府に対するデモ運動の最中に始めた云々らしい。ということを本人に聞いて面白かったのだけど、まあ、バックグラウンドのことはまた今度)。
スペンサーは、Asian Americanの代表としてここに呼ばれたのだろうと言っていて(ほんとかどうか僕は知らない)、台湾に生まれて4歳の時にオハイオに移住し、そこで実験音楽とか色々やっていてネットワークができたので30歳の時にNYに移住した現在42才なのだけど、このセットは〈スペンサーのヴォーカル・パフォーマンス →スペンサーのヴァイオリンの即興 →ヴォーカル・パフォーマンス〉という構成だったように見えた。で、このヴォーカル・パフォーマンスがすごかった。アリスとは違うテクニックを使っていて、スペンサーはマイクを上手く使うタイプのヴォーカル・パフォーマンスをするようで、マイクを調整しながら行うヴォーカル・パフォーマンスがかっこよかった。
中田粥さんは、演奏前のリハ後にカフェで一緒にコーヒー飲んでいた時には「これまたえらく当たりの柔らかい人だなあ」と思っていたのだけど、バグシンセを組み立てながら出す音が、これまたえらくうるさくもデタラメだった。個人的には、もっと音量調節してくれた方が僕の耳にとってありがたいのだけど、京都メトロは爆音ナイトだし、音量調節なんかせずに突っ走るのが「バグ」シンセの本領発揮なのかもしれない。
演奏前のリハ後にコーヒー飲んでたらスペンサーもやってきて、スペンサーは焼酎を飲んでいたのだけど、その時にスペンサーが即興演奏の制限時間は云々という話をしていたし、中田粥さんは大阪に移住する前に横浜で8時間即興演奏したことがあったし、それもあってか(どうかは知らないが)、このセットがたぶん制限時間を超えたからではないかと思うけど、スペンサーとカホと中田粥さんが盛り上がっていてまだ終わっていないのに、もう一つのステージで、セット4の三人が盛り上がり始めていた。

セット4

dj sniff(香港):ターンテーブル
カリフ8(マニラ):サンプラーとミキサーとテープレコーダーとエフェクターを組み合わせたもの
ゲスト:岡田高史(岡山):ドラムセットとサンプラー(と声?)

dj sniffはかっちょいいジェスチュアで体を捻りながらターンテーブルとミキサーをいじっていて、岡田高史さんはドラムセットを操りながら時々マイクも掴んでいて、カリフ8は〈コンタクトマイクで機材を叩いて音をテープレコーダーかミキサーに取り込んでそれをテープレコーダーかミキサーを経由させてフィードバックを起こしたりしてサンプリングされる元の音を作って、その音をサンプリングしてからmpcでトリガリング・ドラムをする〉ということをしていた(たぶんこういうことじゃないかなあと思う)。リハから見て機材を確認しないと、リアルタイムプロセッシングしていることなんか分からないけど、実は、リハから見て機材も確認したけど僕はあまりよく分かっていないかもしれない。
ともあれ、結局のところ、サンプラーやコンタクトマイクを使うカリフ8も、ターンテーブリストのdj sniffも、そして当然ドラムセットを使う岡田高史さんも、みんな「楽器」をリアルタイムに演奏していたわけで、リアルタイムに「楽器」を演奏する人はそれなりのジェスチュアとか身振りをするようになるのだなあ、と思った。だからなんだということもないけど、ミキサーとかターンテーブルのつまみをひねることは全身運動だし、MPCのパッドを叩くトリガリング・ドラミングも全身で演奏しているのだ。

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楽器は演奏家と即興演奏に対してどのような効果を及ぼすものか、とか、ヴォーカル・パフォーマンスと言葉と関係(と無関係)はどんなものか、とかいうことを中心にいくつか思ったのだけど、もっと詳しくは、あるいはもっとポイントをついたものは、このツアーの全てに同行している細田くんが近日中にどこかにきっちりと書くことでしょう。楽しみに待ちましょう。
また、Art Camp Tangoで鈴木昭男さんに連れられて岬に行ったり山の天辺の池に行ったり海岸の洞窟に行って入れなかったりトンネルに行ったりしたことが、今日のメトロでの演奏に直接的にどのように反映しているかは分からないです。彼らは全員何の説明もなくツアーの真っ最中に丹後に連れてこられたようだけど、みんな面白がっていたし、とくにアリスとトゥイは今後の活動に関連させたいと具体的に思っているみたいだし、AMFのミュージシャンのほとんどが「音楽だけ」に関心があるわけではないので、そのうち何かに活かされて何かが起こることは間違いないと思います。楽しみに待ちましょう。
写真もそのうちアンサンブル事務局かどこかがカッコイイのをあげてくれるはずです。楽しみに待ちましょう。

*

ミュージシャンの性格を少し知ってから演奏を見る/聴くと、性格と演奏の共通点とか相違点とか見えてきて面白いけど、数日で人の性格は分からないのだから、そういうことは心に留めておくことにします。
あと、AUFとは何かということについても秘密です。これは、青山くんか田村さんかマブチさんにきいてください。僕は、まさか丹後でこんなに何度も「コアファイコ」という名前を耳にすることになるとは思いませんでした。人は色んな所で自分の過去と出会うものです。

2017-09-01

メモ:北田暁大、栗原裕一郎、後藤和智『現代ニッポン論壇事情ーー社会批評の30年史』(イースト新書、2017年)

タイトルは新書ルールで命名されたもので名が体を表すものではないが、内容は斬新。鼎談でもあるしさらりと読み終えてしまった。
僕の思考様態もしょせんいわゆる人文系リベラルのそれでしかないので、ここで指摘される〈「ロスジェネの忘却」と「経済政策の忘却」との共犯関係に基づき構成されて来た論壇史〉という視点はたいそう面白かった。ロスジェネ世代の諸々と経済政策の諸々(とりわけアベノミクスの成功点)とを無視することでなされる「若者」論や社会論や文化論に関する鼎談は面白かった。
僕もロスジェネ世代ど真ん中なので(1975年生まれ)、自分の立ち位置も含めて上の世代がこの世代を言及するやり方に違和感を感じることは多々あるのだけど、まずは僕も、少しは経済学のお勉強をしよう!と思った。
まずは、ここで言及されている稲葉振一郎『経済学という教養』というのから読んでみよう。

現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史 (イースト新書)
北田暁大 栗原裕一郎 後藤和智
4781650856

2017-08-21

2017年08月20日渋谷自在_大野茉莉、西原尚、潘逸舟@トーキョーワンダーサイト渋谷


JT Carさんからもらった。
a picture which becomes a part of other pictureらしいです。まったくアーティストというやつは難しいことを考える。
日本における「サウンドアートという言葉」の歴史とかニュアンスについて、僕が理解していることをお話しました。たぶん問題意識は似てるだろうから、僕の英語でうまく伝わってると良いのだけど。
さて、どんな作品に結実するのかな。

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2017-07-28

大城真「Cycles」@Gallery OUT of PLACE TOKIO



大城真 Makoto OSHIRO
Cycles
気持ちいー
-0:17
0 Likes, 1 Comments - NAKAGAWA Katsushi (@nakagawa09) on Instagram: “大城真 Makoto OSHIRO Cycles 気持ちいー”
WWW.INSTAGRAM.COM
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2017-07-05

[報告]研究ノートが公開されました。

2016年7月に韓国でYang Ji YoonさんとHong Chulkiさんにインタビューした成果が、ようやくリポジトリで公開されました。

KANEKO Tomotaro and NAKAGAWA Katsushi. 2017. “Research on the Developments of Sound Art in Asian Countries: On Sound Effects Seoul series (Interviews with Ji-Yoon Yang and Chulki Hong).” Faculty of Urban Innovation (Yokohama National University) ed. Tokiwadai Journal of Human Sciences, 3: 161-173.
(『常盤台人間文化論叢』3号:161-173)
→[PDF](機関リポジトリへのリンク)

2016年7月にソウル大学で行われた国際美学会で発表した後、二人で何人かにインタビューしました。ファースト・オーサーは金子くんです。僕は、韓国でサウンド・アートの展覧会が過去にどれくらい開催されたのか、といったことを調べました。完璧に網羅的に調べたわけではまったくありませんが、でも、どうやら韓国ではあまり開催されてこなかったみたいです。
とくに根拠のない推測ですが、ナム・ジュン・パイクがいたからこそ逆に、gallery-based sound artみたいなものはほぼ出てこなかったのかもしれない。と思いました。あるいは、韓国調査のあいだに会ったいろんな人のうちの誰かが、そう言ってました。やんさんに紹介してもらったナムジュン・パイクセンターの館長さんだったかなあ。

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また、この号には、馬場省吾くんの刀根康尚論文が掲載されています。

馬場省吾2017「刀根康尚のデジタル・サウンド作品と,ルーツとしての1960年代の作品と思考」、『常盤台人間文化論叢』3巻第1号:47-68、横浜国立大学都市イノベーション研究院。

本人の修士論文を圧縮再構成したもので、60年代以降の刀根康尚の活動を一貫して、〈表象の否定〉といったいくつかの解釈概念を使って理解したものです。
刀根康尚を主題とする論文ってあまりないはずだし、2016年の研究ノートも含めて、どうぞ参照してください。

本人のFacebookでの告知ポスト:https://www.facebook.com/shogobb/posts/1754501424567803

2017-07-02

メモ:Alex Ross。ゲンダイオンガクが嫌われる理由にかんする小文(2010年11月28日の記事)

Why do we hate modern classical music? | Alex Ross | Music | The Guardian

メモ:Alex Ross。ゲンダイオンガクが嫌われる理由にかんする小文。2010年11月28日の記事。
:(現代美術と違って)ゲンダイオンガクは、〈クラシック音楽における過去との関係性〉に対する無関心のせいで、嫌われるのだ、というような内容として読んだ。
:言わんとすることは分かるのだけど、こういう話はたいてい「ポピュラー音楽」と「芸術音楽(1910年代までの西洋芸術音楽とゲンダイオンガク)」との差異の話を、すっ飛ばす。なんとかならんものか。
:(私見では、「ゲンダイオンガク」を「ポピュラー音楽の一種」と位置付ければ色々と納得できる。でも、それでは納得しない人もたくさんいると思う。)
Avant garde art and architecture are loved, but in music we cling to the past. We're missing out, says Alex Ross
THEGUARDIAN.COM