2020-06-17

メモ:『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した~潜入・最低賃金労働の現場~』

https://www.amazon.co.jp/dp/B07PM9LWK1/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_QgS-EbZAWEV4X
「いずれにしても、私たちはどちらの側につくのかを決めなくてはいけない。なぜなら、人生は独立した瞬間の連続ではないからだ。6500万の国民が絶対的な〝経済法則〟に盲目的にしたがう、というのも人生ではない。必然的に、どちらか一方は他方の上に立とうとする。人生とは、その拮抗する力のあいだのせめぎ合いなのだ。」

2020-06-13

メモ:1993年の映画『ジュラシックパーク』



娘が恐竜を見たいというので、1993年の映画『ジュラシックパーク』を見た。怖かったー。
これ、高三のときに和歌山で、なぜか
と他数名(なぜかたくさんで行った気がする。よしごんとか吉松もいたようないなかったような。)で見に行って、それまでこんなレベルの特撮は存在していなかったので、心底驚いた、という記憶がある。その後のこのシリーズは見てこなかったし25年以上ぶりに見たわけだが、なんともスピルバーグ!という感じで、面白かった。娘も最後まで見ていたし。
*
その後、〈琥珀に閉じ込められた蚊の血液から恐竜の血液を抽出し、そのDNAを使って現代に恐竜を復元する〉このお話に衝撃を受けて、泊くんは生物学を志し、マサチューセッツでたくさんのハエを使いこなしながらポスドクしたり、東大に戻ってポスドク抱えながら研究室運営したりすることになった。泊くんは同時に、主人公のように、研究費確保という奴についても悩むようになるのであった。
(以上は僕の創作である)

↓
2020年6月16日
続編のロストワールドを見たが、こちらはなんか無茶苦茶な話だった。
恐竜を「保護すべき野生動物」であると同時に「人間を襲う恐ろしい野獣」としても描いていて、物語が破綻していた。

2020-06-03

メモ:Connie Beckleyについて(オンラインにはあまり情報がない)

Judy Dunaway, "The Forgotten 1979 MoMA Sound Art Exhibition." Resonance (2020) 1 (1): 25–46.
https://doi.org/10.1525/res.2020.1.1.25

Maggi Payne, Connie Beckley, Julia Heywardという3人の女性アーティストをフューチャーしたBarbara LondonがMoMA, NYでキュレーションしたSound Art展について検証した論文。検証というか3人の展示作品の紙上復元みたいな論文。まだ途中なのだが、なかなか、歴史的文脈の議論は始まらない。
ともあれ。
三人は今では超メジャーなアーティストというわけでもないし、諸々の情報を確認しつつ読んでいるのだが、Connie Beckleyの情報が見つからない。難しいもんである。
『Audio Arts』(Volume 5 Nos 3 & 4, 1982)に収録されているConnie Beckleyのこの音源、面白いけどなあ。


2009年にIssue Project Roomで何かやったようだが、映像はない。
NYのSchool of Visual Artsという場所にいるこのひとかな?!

2020-05-31

メモ:運び屋(mule)

〈昔悪いことやったやつが、ちょっと良いことをするととても良いやつに見える〉の法則の話だった。
陳腐な話にも関わらず、極上の演出だ。

2020-05-24

メモ:永井荷風『濹東綺譚』

ラジオを嫌う永井荷風
「梅雨があけて暑中になると、近鄰の家の戸障子が一斉に明け放されるせいでもあるか、他の時節には聞えなかった物音が俄に耳立ってきこえて来る。物音の中で最もわたくしを苦しめるものは、板塀一枚を隔てた鄰家のラディオである。  夕方少し涼しくなるのを待ち、燈下の机に向おうとすると、丁度その頃から亀裂の入ったような鋭い物音が湧起って、九時過ぎてからでなくては歇まない。此の物音の中でも、殊に甚しくわたくしを苦しめるものは九州弁の政談、浪花節、それから学生の演劇に類似した朗読に洋楽を取り交ぜたものである。ラディオばかりでは物足らないと見えて、昼夜時間をかまわず蓄音機で流行唄を鳴し立てる家もある。ラディオの物音を避けるために、わたくしは毎年夏になると夕飯もそこそこに、或時は夕飯も外で食うように、六時を合図にして家を出ることにしている。ラディオは家を出れば聞えないというわけではない。道端の人家や商店からは一段烈しい響が放たれているのであるが、電車や自動車の響と混淆して、市街一般の騒音となって聞えるので、書斎に孤坐している時にくらべると、歩いている時の方が却て気にならず、余程楽である。 「失踪」の草稿は梅雨があけると共にラディオに妨げられ、中絶してからもう十日あまりになった。どうやら其まま感興も消え失せてしまいそうである。」(『濹東綺譚』(永井 荷風 著)より)


↓
永井荷風の『濹東綺譚』読了。山田風太郎の不戦日記に名前が出てきたので読んでみた。そういえば永井荷風は、初めて。永井荷風の名文とか名作とか言われているようだが、60手前のオッサンが20代半ばの女性を買って、それを〈情緒あふれる色恋沙汰もどき〉として描いている男性至上主義の気持ち悪いお話だなあ、と思った。

2020-05-23

メモ:『Ryuichi Sakamoto: CODA』

ありがたくも限定無料配信中なので、見た。
(テキトーに見てたし)映画を見て改めてどうこうというのは特になかったけど、ベルナルド・ベルトルッチの映画を見直したくなった。『シェルタリング・スカイ』の最後のセリフをもう一度味わいたい。
そんな時間を取れることは今後の人生で一体何度あるのだろう(ないかもしれない)。
(という、『シェルタリング・スカイ』の最後のセリフっぽい言葉のつもりの言葉)
Ayumi Adachi、寺内 久、他3人
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