今年も見ました。毎年ドキドキさせやがるぜ。でも今年はこれまでより分かりやすかったな。
https://twitter.com/ynueiken
参考:I am alive.: 2016年5月:映画研究部顧問として映画を見た今年の感想
◯今年見た映画たち
鈴木瑛介『映画研究部殺人事件』
鈴木正樹『雨のち晴れ』
佐藤大悟『駅で待つ』
来年度からはデータで欲しいです。DVD-Rだとデータを読み込めないことが多いので。
◯鈴木瑛介『映画研究部殺人事件』
編集でカットがちゃんとつなげられていて、話の流れが理解できた。切り返しとかクローズアップとか中景と遠景とか。2つの場面で同時進行している事柄を同時に描写する、とか。クロスカッティングとかカットバックとかフラッシュバックってやつ。安心して物語内容に集中できたのって、実は初めてではないだろうか。
杉浦経済大学映画研究部で人が自殺していて警察も自殺と断定したけど、映画部の友だちは納得しなかったらしく、映画部の友だちが探偵部に依頼して捜査してもらったらしい。物語は仏教の貪欲がどうしたこうしたの教えをめぐる謎解きが進み、チョー意外な犯人が明らかになった。
そんで最後のセリフが「皮肉にもこのあたりには桜が咲くらしい」だった。
(隣で妻が「最後はダジャレ?」と呟いたので、僕も気づいた。)
映画研究会の部室のシーンを撮影している時、たぶん他の部屋でドラムを叩いているやつがいたのだろうけど、明らかに「効果音じゃないドラムセットの音」が入り込んでいて、なんとかならんかったんか?と思いました。
あと、探偵部の部室にあった小道具の本は、辞書とか何かの専門書のつもりなのかもしれないけど、捜査の過程でそういう専門書を机の上に広げる必然性はあまり無かったはずなので、あれはなんだったんだろうなあ、と思いました。
あと、映画部の部室には『戦場のピアニスト』のポスターが貼られていたけど、物語と何の関係があったんだ?
あと、学生映画って、俳優が難しいね。
そういうことを思いました。
◯鈴木正樹『雨のち晴れ』
完全に自己を告白することは難しい云々という芥川龍之介の言葉が冒頭に登場
男友達二人が遊んでブラブラしている時に、その男二人を撮影するのではなく、その男二人が歩いている公園あたりの植物たちを撮影するというのは、なかなか、ニュー・アメリカン・シネマ(アメリカン・ニュー・シネマじゃなくて、前衛映画のほうのアレ)のようだった。
なんでこの男二人と女一人は、こんなに簡単に旅行に出かけるのだろう?
ところで、何を一年待つんだ?
◯佐藤大悟『駅で待つ』
never young beach《駅で待つ》が好きらしく、この歌詞を映像化したかったようだ。
タバコを吸いたいので駅の待合室の外でタバコを吸うけれど、人を待っているので、寒い駅の待合室のドアを空けたままにしている若い男は、ガールフレンドが駅に着いたら、待合室のドアを閉めずに、彼女と一緒に車に乗ってごはんを食べに行き、ご飯を食べながらタバコを吸いそうになったり、ガールフレンドと手をつなぎそうになったりする。
という映像でした。
公共の場のドアはきちんと閉めろ、ってのと、飯食う場所でタバコ吸うな、ってのと、他人が作ったものに100%乗っかるな、ってのを思いました。
なんで、いつの時代も「シティポップス」ってあるんだ?
(そんで、なんで、どれも同じにしか聞こえないんだ? 僕が悪いのか?)
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿