2020-02-08

メモ:2020年02月08日佐藤郁哉『大学改革の迷走』

読めば読むほど、どうしようもないじゃねえか、と思った。
毎年1%ずつ予算が削減されていく結果として、後任人事がほぼ凍結され、今後も同じ職場に自分の同僚が来る予想はできないし、今後も研究教育のための状況が改善しそうな予想はまったくないのだけど、どのような過程でこうなってきたのか、を記述分析してあった。
審議会はテキトーで「審議」していないとか、「高等教育財政の充実」や「公的支出を欧米諸国並みに近づけていく」とかは30年近くに渡って言われてきたとか、文科省は「集団無責任体制」であることとか、大学当局は「経営ごっこ」と「改革ごっこ」をしていて面従腹背したり過剰同調したりして問題を先送りしているだけだとか。何らかの社会的状況を〈英雄、悪漢、バカ〉の3つの役割で記述することでひとは社会を物語化していくこと、は理解できる。〈アメリカの大学〉はすごいから、〈既存の日本の大学と大学人〉というバカはそこを目指すべき等々。
さすが『暴走族のエスノグラフィー』のエスノグラファー。でも、読めば読むほど、どうしようもないじゃねえか、と思った。

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