2010-10-17

ハム断ちの実態

家では飼わないというものなので、これからしばらく、週末はホームセンターに通うことになるのだろう。

ハム断ち

している妻が、シカのぬいぐるみの撮影をはじめた。
まだ四十九日がたってないし、願掛け中らしい。

2010-10-16

うどん

今週も大阪駅前第二ビル地下で夕飯食べて、東西線で帰宅。
ペルシャ猫を...は、めちゃめちゃな物語映画だったなあ、と思うようになった。僕はしょっばなで少し寝てしまったので、ドキュメンタリー風の映画かと思って見てたので、最後の展開とか、すごいびっくりした。
でも、最初から物語映画だと知ってたら、演出とか伏線とか、昨夜のテレビのカイジよりひどかったなあ、と。
いやはやびっくり。

このレンズは

お買い得らしいが、何ができるかとかは僕にはよく分からない。
ふわっと写真がとれるらしい。
もしくは、ふわっとした写真がとれるらしい。

ソニースタイルなう。

レンズとは購買意欲をそそるもののようだ。
かっこいいな、と思ったスピーカーがあったが、100万以上する代物だった。

だんす

子どもたちが、ふわっと踊ってた。

イランのやつらは、どうやって知り合ったんだ。そういう情報が皆無だったな。

ネバーランドコレクション展

2000円だったので、辞めた。

ペルシャ猫を誰も知らないの感想

こういう映画の存在と、すべてがインディロックで総称されるイランの文化状況には、感動した。
こういうロックが、真にアクチュアルなものでありえる国が、現在も存在していることに。心から。
音楽には国境があるから面白いのだから、国外に出たらつまらん音楽になるのではないか。

ただし、映画はじまって直ぐに寝てしまった。
妻に、二、三回起こされた気がする。
まさか、ドキュメンタリーじゃなかったとは。

イランのインディロックのすさまじいアクチュアルな存在感を学んだ後は、同じ梅田スカイビルの一階上でやってる、まいこーじゃくそんのなにかの展覧会をのぞきたい気分。

今から『ペルシャ猫を誰も知らない』を見る。

インディロックが勢いとかダイナミックな力を維持しているらしいイランのドキュメンタリーらしいが。
映画のあとは、ソニースタイルとやらに行くらしい。

2010-10-15

memo-Ruben's Tube


クラドニ図形探しているときに見つけた。
Rubens' Tube - Wikipedia, the free encyclopedia
19世紀半ばの発見だからクラドニ図形とかケーニヒのマノメトリック・フレームと同じ、「音の視覚化」というパラダイムの中の音響学の実験と思われる。
が、Ruben's Tubeを日本語でなんというかが分からない。
ご存じの方、教えてください。
こういう音響学ではたぶん基本的な知識が、人文学系の聴覚文化研究とか音響文化研究では欠けてたりするよな。



これがクラドニ図形。

2010-10-14

録画してあった『ギルバート・グレイプ』を見た

ギルバート・グレイプ;WHAT'S EATING GILBERT GRAPE [DVD]
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序盤、主人公ギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)の日常(父親は早くに死んでいてそのショックで母親は家から出られないほど太り、自分は、スーパーの進出で青息吐息の食料品でバイトしながら、知的障害者の弟の面倒を見ながら、配達先の奥さんと不倫したり)といった「アメリカの田舎」の描写は面白かった。
そんな田舎町に、ジュリエット・ルイスが、トレーラー・ハウスのエンジンの故障でしばらく滞在することになった時の話。
淡々とした描写はすごく面白かった。
ただ、起承転結の「転」の前に、レオナルド・ディカプリオ演じる知的障害者アニーが家を飛び出す、という場面があるのだけど、そこで逃げこむ先がジュリエット・ルイスのトレーラー・ハウス、というあたりから、話にかなり無理が出てきた。
でも、淡々とした描写はすごく面白かった。

1.
最初は、ジョニー・デップの演技のほうが素晴らしいと思っていたのだけど、作品全体としてみれば物語に無理があるので、主演男優賞じゃなくて、レオナルド・ディカプリオの助演男優賞ノミネートなんだろうなあ、と思った。

2.
たぶん「アメリカの田舎の絶望」と「家族愛」がテーマだと思うが、それにしては話の要素を絞りすぎている。基本、田舎に閉じ込められた低所得者層の話なのだから、教育格差の問題とか、グローバル資本主義的なものとの葛藤とか、ほかにも色々たいせつな要素はあるに違いないと思うが、全て省略されている。ちょっと納得できない。

3.
そもそも、ギルバート・グレイプの年齢が分からない。アーニーが18になる誕生日パーティーが物語のクライマックスだからそれ以上なのは分かるが、ギルバート・グレイプが大学に行くこともおかしくない年齢なのかどうか、とかは重要なファクターだろう。
それに、とりあえずトレーラー・ハウスに乗って町の外に逃げ出せばそれで問題解決って、そんな馬鹿な。だいいち、なぜ、アーニーは知的障害者の設定なのか? 弟を連れて、ギルバート・グレイプは、20代後半、30代、40代をどうやって生きていくのか? 何も分からない。

4.
と、そういったことを思いました。
でも、淡々とした日常描写が、とてもよかった。

大型スーパーとか町の食料品店とかコーヒー・ショップとか、「建物の全体」が映されないことがよかったのではないかと思う。
ほとんど遠景シーンはなかったと思う。
あくまでも登場人物の視点に映るだろうものしか映像化されていないので、時々映像化される「日没シーン」や「遠くから見た家のある風景」が詩情豊かに見えるんだろう。


→
青いblog ギルバート・グレイプ
ギルバート・グレイプは24歳だった。大学に生き直してもおかしくない年齢だ。
原題の"What's Eating Gilbert Grape"は「何に苛立ってるの、ギルバート・グレイプ」という意味なのか。
「ギルバート・グレイプを食い尽くそうとするもの」という意味かと思った。

memo-Christian Marclay, Chorus II, 1988

この作品名は《Chorus II》なのか《Chorus》なのか?
だいたい《Chorus II》だが、
González, Jennifer, Kim Gordon, and Matthew Higgs. 2005. Christian Marclay. London: Phaidon.
では《Chorus》だった。
というか、これだけ《Chorus》だと思う。
とはいえ、《Chorus I》という作品もない。
とりあえずは《Chorus II》を採用。

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今日は半分以上、画像の所蔵先問い合わせとかで終わってしまった。

→
ちなみに、上の画像探してるときに、この授業のコースページを見つけた。
ここ数年で、こういうSound Studies関連の授業がやたら増えた。
参考文献とか見ている限りではけっこう似たり寄ったりにも思える。
その需要や授業の内実はともかく、「視覚美術やメディア論やカルスタのなかの新種の動向」として位置づけられているものが多いと思うが、「音楽学のなかの新種の動向」というのはほとんどない。「美学のなかの新種の動向」という位置づけもほとんどない(そもそも、日本以外のほとんどの大学では「美学」は制度的には独立していなかった気がする)。
MS114/Media Studies 114: Sound Theory, Sound Practice
SterneのThe Sound Studies Readerはいつ出るんだろう(いつか出るのだろうか)。

2010-10-12

memo-ジョン・レノン生誕70年を祝う催し


僕は、ミュージシャンとしてのジュリアン・レノンがけっこう好きなので、そのことについて一言も触れられないのは悲しい。
ジュリアン・レノンもプロのミュージシャンだ(った)ってことは、ちょっとトリビアなのか。

→

やっぱこの曲が一番有名か。


なんでこの曲の入ってるアルバムが僕のiTunesにないんだろう。

2010-10-11

John Cage's 4′33″


”この動画の音声トラックは、WMG による使用許可を得ていないため無効になりました。”
あとでチェック。
授業ネタに使えるかも。
画像はトイピアノを弾くジョン・ケージか。

アカダマコーヒー

足が疲れてバスで駅まで戻り、アカダマコーヒーというところで休憩中。
まだ熱くて飲めんが。
店内には豆を焙煎したあとの匂いが充満している。
可否茶座アカダマという店らしい。

奈良アートプロム

そしてここにもアートがキラリ。
スピッツのように。

ひとつはサウンドアート。
ヘッドホンを耳にあてると耳が痛い、という作品か。
鍵豪(かぎ たけし)という人の作品。

来たお婆さんたちは、ただ戸惑ってた。

格子の家

何かと思ったが、状態の良い旧家か? 広い。
隣家は、普通の最近の建物の民家。

あまりの祝日感に

目が眩みそうだ。
カバン、ロッカーに入れてくるべきだった。

奈良のシカ

祝日の妻と落ち合うべく、春日大社付近に向かっている。
観光地奈良は初体験。
シカ放題だ。

学会で抜き刷り配るのを忘れた。

反省。
2-3人に配っただけだ。
名刺配ったりシャコウしたりするより、これをしないと意味が無い!
あれではただの騒がしいやつだ!
でも、もう今日は学会行けないし、そろそろ次の論文も出るし、年内には次の次の論文も出るし、仕方ない。

みなさま(誰かはともかく)にはそっちで覚えてもらうことにしよう。
渡す機会があれば良いが…。

→[抜き刷り配るのを忘れた論文]
中川克志 2010 「[査読論文] 実験音楽の成立と変質-ケージを相対化するロジック」 『京都精華大学紀要』37(2010年9月):3-22。
I am alive.: 精華大学紀要に論文を「査読論文」として掲載しました。