2009-08-31

吉田豪「豪さんのポッド」-キラキラのレギュラー ~ 役満

吉田豪「豪さんのポッド」: "TBSラジオ『小島慶子キラ☆キラ』のレギュラー入りが電撃決定":なんだ、こりゃ。コラムの花道、復活してくれ。
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もう夏も終わりです。
今年の夏は、なんだかよく分からない気分で色々活動してたのですが、PCの前に座ってる時間が多かったことには代わりがなくて、なので、今年の夏も、起動待ちとかソフトの動き出し待ちの1分ほどが待ちきれずにミニゲームみたいなものにはまってしまいました。一昨年がパックマン、去年はテトリス、今年は麻雀。
で、たぶん初めて(ゲームだけど)役満出した。
ちょっと嬉しかった。

2009-08-30

Lucky gardenの羊 ~ The Strings of Life

「うぅーもぅぁぇー」とないて、むこうに歩いていった。
我が家にいる小動物(ハムスター)は、声を出さないので、新鮮。
生きてる羊に生えてる毛皮は汚い。

トンボが飛んでた。
夏もおしまい。


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家の近くに戻ってきてから、ちゃんと国民の義務を履行すると同時に国民の権利を行使してきた。
で、帰宅後、自家製ジンジャーエールを作った。けっこう簡単で美味しい。次はもっと砂糖を減らすこと。
で、テレビをつけると、けっこうな差で与野党が逆転してた。
どうなるんかな。
具体的なことは全くわかんねえけど、「変わった」感がなかったら、絶望的な感じになるんだろうなあ、と思った。
人々の将来に対する見通しとかマスメディアが語る言葉とか、が。
それらが「絶望的な言葉」を語るのではなく、それらの在り様が「絶望的」に見えるんだろうなあ、と思った。

「絶望的」とは、将来に希望が見えないということなので、将来に対して明るい展望が抱けないということだ。
だから、そういうときには、野田努の名著『ブラック・マシン・ミュージック』を読んで、未来に何も明るい展望を抱けない時に希望を持とうとする力がブルースであることを思い出して、Derrick MayのThe Strings of Lifeでも聴けば良いんだ。
な!

ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
4309264948

Lucky garden

けっこう細くて急な坂を登って、山の中に入り込んだらある、スリランカ料理のレストラン。
なんつうか大原(京都)かどこかの田舎に
突然レストランが出現してる感じで、なぜ、ここで客商売を始めようと思えたのか全く分からないけど、でも、けっこう繁盛してる。
いちいち美味しいのだ。
紅茶も美味しいし。

ーーーーー
この前来たのは、半年前だったらしい。
あれからまだ半年しかたってなかったとは。

30


本日、めでたく、夫婦ともに30代になりました。
めでたい。

2009-08-24

『俺はまだ本気出してないだけ』

俺はまだ本気出してないだけ 3 (IKKI COMIX)
409188427X
40過ぎて会社辞めて漫画家を目指す人が主人公。だけど全然「クライ」物語じゃない。ちょっと「切ない」かな?ちょっとキュンとくるかも。
二巻までは近所のブックオフで見つけて持ってたのだけど、ふと思い出して、別の本のついでにamazonで三巻を買ったところ、僕は、三巻目にして、読みながら大声を出して笑ってしまった。
あらすじとか登場人物紹介はamazonの特集ページを見ておこう。あんましドラマティックなことは起こらない(まだあんまり起こってない)ので、「話についていく」のは難しくない。
人生迷ってるときにキクと思われる。20代後半過ぎて以降40代くらいまでの人にキクと思われる。
たぶん。
今、ちょっと、色々せわしない気分だから、一時的にでも「人生は300年続く」と思ってみたほうが良いかもしれないアナタにはお勧めなのかもしれない。
たぶん。


何がすげえって、このシズオの自己肯定力が、感動的なまでに半端なく強い。
過去の自分たち(小学生の時の自分、中学生の時の自分、高校生の時の自分、20代前半の自分、30代前半の自分、とか)との自分会議の末に、祝福の拍手をもらうんだぜ!
こいつは!
(一瞬、エヴァンゲリオンテレビ版の最終話のあの馬鹿みたいなシーンを思い出した。)
(僕は、人から借りたビデオであの最終話のシーンを見て、馬鹿みたい、と思ったのだ。)
他にも幾つか、かつての島本和彦のように次のページ全てを使うギャグとか物語の急展開とかあって素晴らしかった。
とはいえ、いくら、かつての島本和彦とは違って背景も人物もあんまり描き込まれていないからといって、それを晒すとネタバレになってしまうので、しない。

「パン屋さんになることを伝えるコマ」(読んだら分かる)には感動した。
やっぱパンだよな!

キョウト-市中音楽隊

なんやかやで週に一度は京都に出るけど、街中には行かないので、今日、ふと思い立ってちょろっとのぞいて見た。
ら、三条木屋町に、メディアショップの斜め前に、ゆうこりんの焼肉屋ができてた。
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明治20年代の日本に洋楽を供給した団体として位置付けられる市中音楽隊は、明治19年に設立された東京市中音楽隊が最初だが、これは明治21年に資本金一万円の株式会社になったらしい。
営利団体としてそれなりに利益を産み出せていたらしい。知らなかった。
この頃の「株式会社」って、どんなんだったんだろう?

2009-08-20

純喫茶

純喫茶だからといって、珈琲が美味しいとは限らない。

色々しつつも、音響メディア登場に対する人々の反応の分類をする、という企画書を作るために、過去の自分のメモを漁って事例を収集する下準備をしている。
そのために留学前の自分のメモも見直しているのだけ、まあなんというか、自分の昔のメモは面白いね。
26になったときに、僕は、大いなる無力感を感じていたらしい、とか。
ま、いいけど。

回数券おとしたー。。。

キャリアカウンセング

をしたビルは、なんつうか、バブリーなビルだった。何をカウンセリングされたのかはあんましよくわからんかったけど、僕は、想定されていたカウンセリング対象層ではなかったのかもしれない。

言われたこと幾つか
:とにかくバイトで潜り込んで職歴をつけましょう。
:ハローワークに行って、もっと世間を知りましょう。
:周りしか見ていないからいっぱいいるかのように思うだけで、世間的には高学歴ワーキングプアなんて見当たらないので、あんまし自己卑下する必要はありません。
:今まで打ち込んでやってきたことがある人でニートとかではないのだから、潜り込みさえすれば物事はまわり始めるだろうから、そんなに厳しいと思う必要はありません。
等々

FUNKY KOTA BILLY JEAN


これ聴きたかった。かっこわるー。BILLY JEANは、テンポが遅いからかっこいいんだな。
Podcastでは音楽が再生されないので、後からYoutubeで聴くしかないのだけど、昨日までは、これはなかった。でも今日はあった。どんどん増えていくんだろう。

メモ
この曲(よしいくぞうのほう)は何にでも合いそうだ。

2009-08-19

幸福の黄色いハンカチ

幸福の黄色いハンカチ [DVD]
山田洋次
B000YDBVBU
この有名な映画を見て、今更、ものすごく感動してしまった。
人は時々、幸せとは難しいもんではないことを思い出さないといけない。

この夕張って「町」は、今、この映画よりもっと大変なんだろうな。
「田舎の町の荒廃」って、大問題だよなあ。
来週、総選挙だな。

高の原イオンのフードコートのテラス

初めて知ったけど、「テラス」とやらがあった。けっこう眺めが良い。でも今日は風がきつかった。

公募書類やら職務経歴書やら研究と教育の抱負やら、色々なものを同時に考えてると、それぞれ違う方向を向いているものも多いので、(ちょっと頭が整理された気分になるときもあるけど)まあたいがいはごちゃごちゃな気分になる。

とにかく、どうやら今はかなりの不景気らしいことはほんとらしいし、毎年夏には公募の量は倍になるはずなのに、僕が応募できる公募はあんましない。

なんというか、もう夏も終わりなのにあんまし成果もあげられていないけど、公募の有無に関わらず社会の需要に応えることをしないといけないことと、自分の「実力」不足を認識したことは良かった、と考えておきたい。
自分の個人的な実感とは別に、履歴書上は、今年度は、今までで一番生産的な年になるはずだ。それも良いこととして覚えておきたいものだ。

8/18

20090818-03
一日中、履歴書とか業績目録とか作成してると体に悪い。「公募書類」ばっか作成してると(以下略)。

2009-08-18

Funky KOTAというものを知って衝撃を受けた。


半年に一回くらい町山智浩が出るのでチェックしていたTBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルで、ファンキー・コタというものが紹介されてて、衝撃を受けた。8月16日のラジオ放送は、後にこれが日本で(ちょっとだけ)流行るきっかけとなった(未来完了)に違いない。

むかしちょっと流行った時にポンチャックにもはまらなかったし(安っぽさみたいなものを売りにするものは、なんか腹が立ってくるので、むしろ嫌いだった。)、僕は「こういうの」に興味を持つことはないんだと思ってたのだけど、面白かった。
休職中のせいか、太陽のせいかは分からない。
あ、でも長いこと聴いてたら、疲れてきたな。
僕、別に「クラブに遊びに行く」のは好きじゃないしな。
ブログテーマ[INDO HOUSE/FUNKOT]|レオパルドンのイルカがせめてきたぞっ

2009-08-16

職員食堂にて

おにぎり食べてる。
ギックリ腰は昨日の養生と集中力でなんとかりそう。
やはり、やろうとすれば何でもできる、ということにしておこう。
仕事としてはとても簡単なものなのだけど、今の僕には、そういう思い込みが必要だ。

それよりびっくりしたこと。
ロックマガジン経由で、ブライアンイーノに留まらず、シャルルマーニュパレスティンやらMEVやらまで知ってる人がいて、びっくりした。
イーノ知ってる人は多いけど、シャルルマーニュパレスティンやMEVまで知ってる人はざらにいない。
そんなマニアには見えなかったのに。ここでミニマルミュージックについて説明するとは思わなかったけど。
僕は、そういうマニアな世間話に対応できてしまうなあ、まあこれは良いことと考えておこう、と思った。

2009-08-15

くしゃみ、腰痛

麿譚 - marotan:なんだ、このウェブサイト…。真似しねえぞ。

一日立ち仕事して、ああ、これならオレ、やっていけるな、オレ、案外色々できるな、と思った翌日。
くしゃみした途端、倒れた。
情けないったらありゃしない。
情けなくっても涙も出てきやしない。

明日は、夕方六時まで立ちっぱなししないといけない。
幸運なことに荷物の運搬とかではないから、あんまし動かなかったら何とかなるに違いない!

終戦記念日のこととか考えてられない。
僕は、座り仕事じゃないといけないことが(改めて)判明した。

ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)
Bram Stoker
4488502016
(ブラム・ストーカー 1971 『吸血鬼ドラキュラ』 平井呈一(訳) 東京創元文庫 東京:東京創元社。(原著1897年))
(「蓄音機」への言及がある箇所は、2003年38版で、329-, 415, 459-460, 485, 505辺り。329-が一番長く、ミナ・ハーカーがジャック・セワードの蝋館蓄音機を初めて見て、それをタイプ原稿に直すことを申し出る部分。)

1.
長かった。
基本的には、主要登場人物4人(ジョナサン・ハーカー、ミナ・ハーカー、ジャック・セワード、ヴァン・ヘルシング)の(時には他の登場人物の)日記や手紙で構成されているフィクション。
文庫本でぎっちり550ページある小説、「女性の偉大さを褒め称える言葉」がけっこう続く100年以上前の小説なので、夏休みじゃないと読んでられない。
「吸血鬼伝説」は古今東西にあったし、これが最初の「ドラキュラ小説」じゃないけど、これが最初の、有名になったドラキュラ小説らしい。

2.
僕が読んだ動機は、武藤2006を読んだことがあったので、1)ミナ・ハーカーの日記が「速記文字」で書かれていること 2)ジャック・セワードの日記が(少なくともドラキュラに一度襲撃されるまでは)蝋館蓄音機で記録されていること を知っていたので、それらがどう取り扱われているか、をチェックしたかったから。

3.
で、実際に読んでみたところ、1)も2)も、ほとんど「書き文字」と区別されているようには読めなかった。「速記文字だから/蓄音機に記録されたから」という理由で、エクリチュールは区別されていない。
その理由の一つは、この小説を構成しているドキュメントは(速記文字で記録されたものも蓄音機に録音されたものも)全て「ミナ・ハーカーが普通のタイプ原稿に直したもの」だから、という設定に求められるのかもしれない。でも、いずれにせよ、一読する限り、速記文字や蓄音機の使用は、19世紀末の新しいツールを劇に取り込んだ、という他には、何か作劇における重要な要素になっているとは思えない。

4.
なので、小説『ドラキュラ』における速記術や蓄音機の使用を、19世紀の声と耳の文化のバランスの変容をめぐる近代批判と結びつけるのは、武藤2006(特に第二章)の創造的な解釈であって、それは(強引なのかもしれないが)面白いものだ、ということだろう。

5.
他にヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』(1886)と、ジュール・ヴェルヌ『カルパチアの城』(1892)というものに言及し、それらの「フランス蓄音機小説」(武藤2006:39)では、蓄音機が同時代批判を内包する「魂の声」テーマと結び付けられている、と述べられている。しかし「フランス蓄音機小説」というフレーズは、ぐぐっても何も出てこない。

参考
『ドラキュラ』からブンガク―血、のみならず、口のすべて (慶應義塾大学教養研究センター選書)
476641280X
武藤浩史 2006 『『ドラキュラ』からブンガク―血、のみならず、口のすべて』 慶應義塾大学教養研究センター選書 東京:慶応義塾大学出版会株式会社。

2009-08-14

石井光太『絶対貧困』

絶対貧困
4334975623
世界の(主に、東アジア、中東アジア、アフリカ)の最貧民の生活をかなり具体的に解説。
面白かった。
路上生活者の分類とか売春婦のヒエラルキーとか、そりゃ、関係ないっていったら関係ないし、「貧困」とか「不幸」という感覚とか感じとか気分は「相対的」なものだけど、でも、具体的な話は、常に面白い。
「物乞いの収入」とか。貧しい物乞いで0-100円、一般的な物乞いで100-500円、豊かな物乞いで500-2000円らしい。
(肉体労働者は400-800円で、公務員は1000-2000円。)
とか、子供を持つ物乞いは貰いが増えるので、物乞いに「子供」を貸すレンタルチャイルド・ビジネスというのがあるけれど、これは案外儲からない、とか。

どんな人がこういうことに詳しいのだ?と思ったら、作者は僕より年下だった(1977年生まれ)。

しごと

こどもがたくさんみえられる場所でございます。
足がきついっす。


→
肉体労働じゃなければ、僕はけっこう「働ける」のかもしれない、と思いました。
ものすごい簡単な仕事だったから、何とも言えんけど…。