2009-08-15

ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)
Bram Stoker
4488502016
(ブラム・ストーカー 1971 『吸血鬼ドラキュラ』 平井呈一(訳) 東京創元文庫 東京:東京創元社。(原著1897年))
(「蓄音機」への言及がある箇所は、2003年38版で、329-, 415, 459-460, 485, 505辺り。329-が一番長く、ミナ・ハーカーがジャック・セワードの蝋館蓄音機を初めて見て、それをタイプ原稿に直すことを申し出る部分。)

1.
長かった。
基本的には、主要登場人物4人(ジョナサン・ハーカー、ミナ・ハーカー、ジャック・セワード、ヴァン・ヘルシング)の(時には他の登場人物の)日記や手紙で構成されているフィクション。
文庫本でぎっちり550ページある小説、「女性の偉大さを褒め称える言葉」がけっこう続く100年以上前の小説なので、夏休みじゃないと読んでられない。
「吸血鬼伝説」は古今東西にあったし、これが最初の「ドラキュラ小説」じゃないけど、これが最初の、有名になったドラキュラ小説らしい。

2.
僕が読んだ動機は、武藤2006を読んだことがあったので、1)ミナ・ハーカーの日記が「速記文字」で書かれていること 2)ジャック・セワードの日記が(少なくともドラキュラに一度襲撃されるまでは)蝋館蓄音機で記録されていること を知っていたので、それらがどう取り扱われているか、をチェックしたかったから。

3.
で、実際に読んでみたところ、1)も2)も、ほとんど「書き文字」と区別されているようには読めなかった。「速記文字だから/蓄音機に記録されたから」という理由で、エクリチュールは区別されていない。
その理由の一つは、この小説を構成しているドキュメントは(速記文字で記録されたものも蓄音機に録音されたものも)全て「ミナ・ハーカーが普通のタイプ原稿に直したもの」だから、という設定に求められるのかもしれない。でも、いずれにせよ、一読する限り、速記文字や蓄音機の使用は、19世紀末の新しいツールを劇に取り込んだ、という他には、何か作劇における重要な要素になっているとは思えない。

4.
なので、小説『ドラキュラ』における速記術や蓄音機の使用を、19世紀の声と耳の文化のバランスの変容をめぐる近代批判と結びつけるのは、武藤2006(特に第二章)の創造的な解釈であって、それは(強引なのかもしれないが)面白いものだ、ということだろう。

5.
他にヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』(1886)と、ジュール・ヴェルヌ『カルパチアの城』(1892)というものに言及し、それらの「フランス蓄音機小説」(武藤2006:39)では、蓄音機が同時代批判を内包する「魂の声」テーマと結び付けられている、と述べられている。しかし「フランス蓄音機小説」というフレーズは、ぐぐっても何も出てこない。

参考
『ドラキュラ』からブンガク―血、のみならず、口のすべて (慶應義塾大学教養研究センター選書)
476641280X
武藤浩史 2006 『『ドラキュラ』からブンガク―血、のみならず、口のすべて』 慶應義塾大学教養研究センター選書 東京:慶応義塾大学出版会株式会社。

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