2013年3月29日金曜日

植草甚一『ぼくは散歩と雑学がすき』(1970)

初めて読んだが、魅力がよく分からない。
喋るように書くスタイルやサブカルチャーにハマる生き方を創始したひととしてスゴイのだろうと思う。この文体がなければ、町山智浩やその他大勢のコラムニストやエッセイストは出て来なかったのかもしれない。
実物はオシャレなんだろうなあと思う。話好きなおじさんなのだとしたら、スゴイ面白いか、ちょっと鬱陶しいか、どっちかだろうと思う。
でも、こういうのは「スノッブ」というのではないのか? 違うか?
植草甚一が活動していた時期にはまだ「サブカルチャー」に対立するメインカルチャーとかハイカルチャーがカッコと存在していたので、当時の植草甚一は「ハイカルチャーに近いことを自慢する類のスノッブ」ではなかった、ということか?
あるいは、このオシャレなおじさんの良さが分からないなんて、僕のセンスが鈍いのか?
よう分からん。
誰か教えてくれんかなあ。

この本について言うと、ただアメリカの雑誌を読むだけでよくまあ、これだけ色々知ったように書けるものなんだなあ、と思った。
1970年のアメリカは今とは比べ物にならないほど遠い土地だったようだ。当時の「世界」はでかかったのだろう。

植草甚一 - Wikipedia:
ほぼ日刊イトイ新聞 -「はじめてのJAZZ。」特別番外篇:
81夜『ぼくは散歩と雑学がすき』植草甚一|松岡正剛の千夜千冊:”エッセイは、どんなときも、まるで喋るように書いてある。いま書こうとしているテーマや出来事を書く気になったきっかけが一緒に書いてあるために、誰もが入りやすく、読みやすい。そして捨てやすい。おそらく、今日のどんな雑誌のコラムにもつかわれている「フツーの文体」「ジョーゼツ文体」の基本スタイルは、きっと植草甚一がつくったのではないか、元祖なのではないかとおもわれる。

ぼくは散歩と雑学がすき (ちくま文庫)
植草 甚一
4480430431

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