2022-05-27

柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門』(フィルムアート社、2022年)

柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門』ありがとうございました。話題ですね。今後長く読まれていきそうで素晴らしいですね。

中川の専門領域に近いし今学期の授業ですぐさま紹介できそうだったので即読みしました。フィールド・レコーディングとは何であるかを概括的に紹介する、包括的で親しみやすい入門書でした。以下、メモ。
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フィールド・レコーディングと言っても色々な種類のものがある。学術研究のために民族音楽学や文化人類学の領域で行われたり、生物音響学では動物の発する音が研究されたり、音楽作品やサウンド・アート作品を制作するために使われたり、フィールド・レコーディングそのものが創作物となったり、ドキュメンタリー作品としてテレビやラジオのために制作されたり。高価な機材で精密な録音がなされる場合もあれば、iPhoneのマイクで録音されるものもある。この本は、そうしたフィールド・レコーディングなるものを、そもそもフィールド・レコーディングとはどのようなものであるかを整理したうえで、環境音を録音すること、音楽をフィールド・レコーディングする場合、超音波など「聞こえない音」をフィールド・レコーディングする場合、フィールドワークにおいて音をフィールド・レコーディングする場合などに分けてそれぞれの勘所を説明した本。「フィールド・レコーディング」なるものを包括的にきちんと扱った初めての本ではないか。
この本は読みやすい。抽象的な議論はあまりなく、具体的で実際的な言葉で書かれており、時おりパンチラインのように「なるほど!」と思う言葉が直截に登場する。それは著者がフィールド・レコーディングという活動を熟知しているからだろう。
僕ははじめ著者を、研究者であると同時にフィールドレコーディング作品を沢山リリースしている人、として知った。面白そうな人がいるなと思っていて、連絡をとって初めて会って話した時、映像人類学という試みでは人類学的な研究手法として映像記録を残すことが認められているが録音にも同じような可能性(=音響民族誌)がある、といった考え方を教えてもらった。その時は「そうなのかあでもそんなことできるのか?」とか思っていたが、後に、「フィールドレコーディングを主体とする実践的な研究手法としての音響民族誌の方法と課題」 という論文でそういう考え方について詳しく説明されて、なるほどー、と思った。本書はフィールド・レコーディングの可能性をさらに拡大しようとする本なのだといえるだろう。
本書は読みやすく、専門家のみならず、フィールド・レコーディングをやったことはないがやってみたいという人やこういう領域にあまり詳しくない人に読まれる本だ。本書で、著者は最初に、自分は「研究と作品制作を異なる領域の活動として捉えるのではなく、むしろそれらを積極的に混淆させることで他者との協働・対話の場を作りだそうとしたり、研究成果やプロセスを社会と共有しようとしたり、新たな調査・研究手法を開拓しようとしたりしてきたのである。私にとってそのような活動の核となる実践がフィールド・レコーディングである」(15)と述べている。この本は、フィールド・レコーディングが何か意味ある行為として行われる場所や領域を拡大していく本だ。また、フィールド・レコーディングそのものも、学術活動と制作活動とを横断し、演奏者と録音者という境界も横断し、録音対象(=世界、環境、空間)と録音主体という主客のあり方そのものを横断する行為だ。フィールド・レコーディングについて書かれたこの本もフィールド・レコーディングも、色々な領域を横断していくものなのだなあ、と思った。

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