2022-07-12

2022年7月12日メモ:妻木良三「はじまりの風景」@和歌山県立近代美術館

https://www.momaw.jp/exhibit/2022_summer12/

画家は、ずっと、波、雲、海岸、砂漠、山岳地帯、内臓などを想起させる柔らかな視覚的イメージを鉛筆で描き続けている人。展示会場には、画家が普段自宅近くの湯浅の海や川でなどで拾った貝殻やら化石やらウニの殻やらも展示されている。他に、丸や襞など同じようなモチーフを描いた所蔵品も展示されている。朝イチで行ったので、一人きりでじっくり見ることができた。

雲や砂漠〈のように見える〉が、現実世界に存在する具体的な事物を描いている訳ではないので、この鉛筆画はあくまでも抽象画。なのだけど、ゆっくり見ていると、人間は言語的論理ではなくこういう視覚的論理に支配されている瞬間も確かにあるよなあ、と感じたりする。こんなふうに心がゾワワと蠢いたりするよね、と感じる。つまり、とても具体的な心の動きのようなものを描いているように見える瞬間もある。
ともあれ、これは何よりも、視覚的快楽を喚起する絵画の展覧会だった。

視覚的だし触覚的だけど聴覚的じゃない、と感じた、たぶんモノクロだからではないか、と思う。抽象画は(カンディンスキー、ミロ、クレー、ポロックなど)視覚と聴覚をつなぐシナステジアな感性と親和性が高いけど、ここでは、視覚は聴覚よりも触覚と一緒に作用しているように感じられる。
「粘菌っぽさ」をあまり感じなかったな。個々の細部が蠢くというより全体的なイメージの統合性の方が重要だから、かな? でも、こういう絵画は細部を見ることこそが面白い。こちらの襞とあちらの襞は盛り上がり方がどう違うか、とかを観察することこそが面白い。

ウニの殻がこんなに綺麗だとは知りませんでした。自然は存外規則正しい。
デカいのが一番気持ち良かったです。《境現の襞III》(2006)って作品。
このひとは僧侶なのだけど、どんな顔して檀家に話をしているのだろう。


2022-07-11

メモ:ネトフリで映画『砂の器』(1974)

和歌山往復の電車内で見た。

松本清張の原作は1960年に読売新聞夕刊に連載されたもの。ダラダラしたエピソードや余計な登場人物が多かったのは、新聞連載だったからだろう。とはいえ、原作は〈前衛音楽界のスターである作曲家和賀英良が最先端の作曲技法を駆使して完全犯罪〉というお話なので、戦後日本に登場した先行世代を徹底的に批判する「ヌーヴォー・ロマン・グループ」なる新進気鋭の若き芸術家集団の描写があったり、具体音楽に関する諸井誠の解説が挟まれたり、可聴域外の音に関する音響工学的な説明が挟まれたり、登場人物の一人による前衛音楽評論などがあり、元現代音楽研究者としては興味津々。
対して、映画は1974(昭和49)年公開で、舞台は1971(昭和46)年に変更。仁義なき戦いとか犬神家の一族とかと同時代の松竹映画。原作のダラダラした枝葉の展開をスッキリ削除し、父と息子(作曲家の和賀)のお話に仕立てていた。
例えば、原作にあったいくつかの展開は一瞬で解決していた――カメダは人名か地名かとか、電車からちぎり捨てられたシャツを線路沿線を歩いて見つけ出すとか、紙吹雪の女のエッセイの書き手とか、その女性の素性とか――。主人公の刑事(丹波哲郎)の家族の描写もなかった)。
何より、「ヌーヴォー・ロマン・グループ」は登場せず、原作では犯人かもしれない人物として描写されていた評論家も登場せず。なので、(原作のネタバレになってしまうが)〈評論家の愛人を超音波で流産させて死に至らしめる完全犯罪〉といったいくつかのエピソードはバッサリ削除されていた。代わりにこの部分は、作曲家(和賀)が、大臣の娘と結婚するために自分の愛人と別れる、という描写になっていた(その後、その愛人は流産して死んでしまうのだが、殺されたという描写はなかった。なんだったんだろう、あのエピソードは…)。1970年の大阪万博が何か関係するのかもとも思ったが、とくになし。和賀の作る音楽は具体音楽でも電子音楽でもなく、ピアノとオーケストラの調性音楽。Wikipediaによると後に夭折した菅野光亮という人物の作曲作品(菅野光亮 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E9%87%8E%E5%85%89%E4%BA%AE)。
原作よりはかなりスッキリした物語になっていたが、元現代音楽研究者としてそそられるポイントは減っていたし、話の展開に無理が残っているし、モノローグの説明で物語が進むところも多く、なんか変な映画だなあ、と思って見ていた。が、この映画は名作扱いされることが多い(→これとか:砂の器 | 松竹映画100年の100選 https://movies.shochiku.co.jp/100th/sunanotsuwa/)。そんなに良い映画だとはあまり思わないが、この映画の後半の展開は確かにスゴい。こういうのは他の映画ではあまり見た記憶がない。
映画の後半のいわゆる解決編では、主人公の刑事はおっさんばかりの捜査会議で、作曲家和賀英良が犯人であることを、ハンセン病の父親と放浪してきた子供時代から説き起こして、丹波哲郎のあの顔と声でひたすらモノローグで説明する。そこで、後半の映像は、〈おっさんばかりの捜査会議で犯人の動機などを説明する映像〉と〈新作《宿命》をコンサートで初演する和賀〉と〈ハンセン病の父親と各地を放浪したり巡査に保護されたり父親と別れさせられたり出奔したりする子供時代の和賀〉とのカットバックになり、つまりその3つの映像が交互に続くのだが、それがなんと30分以上続く。すごい。
ひたすら続く説明調のモノローグや誰のものとも分からない説明的な回想シーンは、それだけ見ていると退屈な映画的語法でしかないと思う。しかしこの映画では、このカットバックはいつまで続くのだろうと思っているうちに、ふとある可能性に気づき、驚愕し始めたのだが、まさにそのように進行して、驚愕した。つまり、この長いカットバックを見ているうちに、このカットバックは和賀英良の新曲《ピアノと管弦楽のための組曲 宿命》の演奏が終わるまで続くのではないか、と気づき、そして本当に最後まで演奏し終えて、そして映画も終わるのだ。原作とは違うやり方で、この映画もまた音楽が(影の?)主人公となる驚きの音楽映画だったのだ。

*

戦後日本ではなく1970年代の日本の情景は素敵だった。蒲田あたりの路駐の多さとか、秋田に出張した際に瓜を食べながら寺の門に種を吐き出すシーンとか、良い。そういや、原作では「砂の器」って題名の説明はなかったが、映画では少しだけあった。というか、原作には題名の説明がなかったことに気づいた。なぜ息子が母親と一緒に過ごさなかったのかは、原作でも映画でも不明なまま。
主人公の刑事(丹波哲郎)の後輩の名前は「吉村弘」という。原作では「おお、〈前衛音楽界のスターが最先端の作曲技法を駆使して完全犯罪〉、のお話に、80年代日本における環境音楽からサウンド・アートへと至る重要な音楽家吉村弘が出てくるなんて」と思っていた。特に何の意味もないので、どうでもいいといえばどうでもいいけど。

2022-07-07

Finished my presentation about Brian Eno and Kankyō Ongaku at IASPM 2022: 発表終えました

 (日本語は下にあります)

I did my presentation at my home in Yokohama, Japan, during IASPM 2022 in Daegu, Korea (which will continue until the 9th Saturday). Thank you to the audience and the panelists (Kai Khiun Liew & Tzang Merwyn Tong, Dong Jin Shin, and Xiaodan Zhang). I have changed the title to "How Brian Eno's ambient music has become known in 1980s Japan?" from the submitted title "How Kankyō Ongaku has been popularized in 1980s Japan? Or was it popularized in 1980s Japan?." As you know, things change after a few years pass.
I aimed to examine the relationship between the adoption of Brian Eno and the birth of Kankyō Ongaku in the 1970s and 1980s in Japan. But what I could do eventually is to examine some examples of adoption of Eno in "Rock Magazine" curated by AGI Yuzuru and "Bijutsu Techou." Further research is needed.
I was lucky that I could know some interesting figures other panelists picked up. I have learned about stimulative musicians such as Chris Ho, Lee Hee-moon, and other Chinese musicians. Moreover, I could renew my self-awareness that I am benefitting by belonging to the marginal of this association for the Study of Popular Music. It makes little sense to be unable to be there and talk with others in person for an international conference, but this is my little takeaway.
I will continue to be involved in this conference as an opportunity to consider the composer YOSHIMURA Hiroshi and Sound Culture in 1980s Japan. To find a researcher who shares my research interest (the popularization of contemporary music) is my task for the future.
Best Regards.

This is the slide of my presentation: 2022 _IASPM_Kankyō Ongaku_slides_220705

NAKAGAWA Katsushi (Yokohama National University)

今も韓国で開催中のIASPM2022のSession 4-4 Individual Papers: Styles and Crossoverで、"How Brian Eno's ambient music has become known in 1980s Japan?"というタイトルで発表しました。聞いてくれた方、同じパネルの方、ありがとうございました。IASPM自体は土曜まで続きます。韓国の国際学会の発表に横浜の自宅から参加しているので、午前中にいくつかの発表を聞いて質問したりもして、発表前に昼ごはん食べながら家族と保険の話をした後に発表をして、次のセッションは聞けずにオンライン会議に二つ参加し、そして娘の保育園にお迎えに行く、という感じ。なんだかよく分からない。
最初に申し込んだタイトルは"How Kankyō Ongaku has been popularized in 1980s Japan? Or was it popularized in 1980s Japan? "でしたが、準備不足と焦点の変化で、ずいぶんと変更しました。〈1980年前後におけるブライアン・イーノの受容と同時代のKankyō Ongakuとの関係性を探る〉という野望を掲げて、しかし実際には、『Rock Magazine』や『美術手帖』におけるブライアン・イーノへの言及を紹介した、という発表になりました。今後の大いなる研鑽が必須。動物豆知識botさんのnoteに負けないしっかりした調査を蓄積せねば(環境音楽の再発見・目次/バレアリック、アンビエント、シティ・ポップ、細野晴臣、グライム、ニューエイジ、環境音楽|動物豆知識bot|note https://note.com/ykic/n/nd7d514f8d8d9)。
同じパネルの人が僕に負けず劣らず、なかなかにマイナーな対象を取り上げていて、逆に面白かったです。みんなそれを分かっているからか、パネリスト同士での質疑応答が活発で良かった。あと、おかげさまで、ポピュラー音楽学会で(も)marginalに所属していることによって、自分は利益を得ている、という自己認識を新たにしました。吉村弘と1980年代日本の音響文化のことを考えるための良い機会として、今後もIAPMSなどに参加していくつもりです。よろしくお願いします。僕と感心を共有するマイノリティをこの学会のなかで探すことが今後の課題です。
とりあえず打ち上げしたいとか思っているうちに、あっという間に、横浜の自宅の日常に戻ってしまった。オンライン学会って…。

2022-07-06

メモ:松本清張『砂の器』

〈戦後日本前衛作曲界のヒーローが最新の作曲技法を駆使して完全犯罪?!〉みたいな内容だと聞き、また、これまで何度も映像化されている傑作だと聞き、遅まきながら初めて読んだ。ホントにその通りの内容だったことに驚き。ただし、要所要所で驚きのご都合主義的展開で飽き飽きしたので、映画やドラマはかなり脚色されてるのではないかと想像。ネトフリにあるので近日中にチェック。
戦後すぐの文化風俗のちょっとした描写は、新鮮だった。帰りの遅い夫のために作った夕食は、冷蔵庫ではなく棚に入れておく、とか。みんなすぐにどこでもタバコを吸うとか。東京から中国地方への出張って、36時間以上かかったんだな、など。今だとブラジル行くみたいな感じ? だとすると、この時代の洋行に権威があったのも当然。

しかしまあ、けっこう、「評論家」がつまらない存在として馬鹿にされてるなあ。評論家って、こんなにしょうもないのかなあ。



2022-06-30

Chrome OS FlexでZoomを扱う場合

iMac (21.5 inch, Mid 2010)に入れたChrome OS Flexを使っている。Zoomは、アプリを使うと音声がうまく接続されなかったので、Chrome拡張機能を使っている。アプリを使うから音声が接続されなかったのではなく、そもそも音声設定でデバイスを選ぶ方法を知らなかったことに、後から気づいた。音声デバイスは右下から選ぶことができる。
また、Zoomで画面を共有しようとしたら、相手から「真っ黒です」と言われたことがあった。その後試してみて、Chrome OS FlexのZoomでは画面共有できないのではなく、画面共有しようとしたらすぐには画面が切り替わらないので真っ黒に見える、ということが分かった。CPUパワーが足りないので、すぐに画面共有してくれないっぽい。
↓
把握しておくこと
1.音声デバイスは右下から選ぶことができる
2.画面共有などなんでもできるが、CPUパワーが足りないので、うまくいかないように見える。画面もカクカクするらしい。

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Chrome Remote Desktopを使って自宅のMac miniに接続してWZ Editorで論文の下書き書こうとしたりもしているけど、やはり、いちいちめんどくさい。
ここはやはり、もう色々と諦めて、Macの整備品を買うべし。Chrome OS Flexも充分楽しんだし。

2022-06-29

[報告]調査報告を書きました。

京都国立近代美術館研究論集『Cross Sections』vol.10に調査報告を掲載しました。

中川克志 2022 「日本におけるサウンド・アートの系譜学――京都国際現代音楽フォーラム(1989-1996)をめぐって――」 『CROSS SECTIONS:京都国立近代美術館研究論集』10:48-58。

です。

藤島寛さんや中川真さんにお話を聞いたり資料を調べさせてもらって、1989-1996に行われていた京都国際現代音楽フォーラムについて、毎回何が行われていたかを整理しました。
こういうことをまとめていくのは大事な仕事だと思います。今後も継続していく予定。次はジーベックの活動を整理しておきたいところ。関西のことばかりだな…。
そのうちウェブサイトに本文を掲載しておきます。抜き刷りなど欲しい方いればお知らせください。PDF送ります。

2022-06-25

メモ:山本佳奈子『個人メディアを十年やってわかったこととわからなかったこと』

Offshore山本さんの新しいジン。zine。

このひとはやはりなんとも不器用なまでに真摯で誠実である。今年から始めるらしい雑誌(?書籍?)はどうなるのだろう。本を作ることに、このひとは、どのように向き合っていくのだろうか? また、そもそも、どうやって今「アジア」のことを主題にするのだろう? 僕はいつになったら台湾に行けるのだろう?





2022-06-22

Chrome OS Flexで入力切替

最近ずっとこの、昔ウィンドウズで使っていたっぽいサンワサプライのキーボードで入力していた。スペースキーの隣の「無変換」と「ひらがな」を押すと入力方法を変更できる。 が、こちら、常にCTRキー押された状態になってしまった。

ので、元通り、Mac用キーボードに戻った。 こちらは、「ctr(+shift)+スペースキー」を押さないと入力言語を替えてくれない。

2022-06-21

What Is Man And What Is Guitar? Keith Rowe (_人間とは _ギターとは_キース・ロウ) on Vimeo

What Is Man And What Is Guitar? Keith Rowe (_人間とは _ギターとは_キース・ロウ) from Bob Burnett on Vimeo.

AMMのキース・ロウが語る。字幕付き。貧乏な若い白人だった自分たちとコーネリアス・カーデューとが一緒に音楽をするようになったくだりの述懐が、淡々としていて、良い。 パーキンソン病になり、思うようにソロ公演できなくなったとのこと。晩年のデレク・ベイリーが自身の手根管症候群(Carpal Tunnel)という病気を『Carpal Tunnel』(2005)というアルバムに記録(昇華?)したように、キース・ロウもいくつかのやり方を発明しながら音楽をやり続けている。やり続けられることがあるってのは、良い。

2022-06-20

メモ:やまじえびね『女の子がいる場所は』

「やまじえびね『女の子がいる場所は』読了。素晴らしく計算された線描とコマ割りに息をのむ5編。社会にはびこる女の子を弱らせるあれやコレやに、色々なやり方で応答する物語。なぜかエンパワーメントされた40代後半男性。きっと素敵な未来になるぞ!」 / Twitter https://twitter.com/nakagawa09/status/1538889000219717632

2022-06-19

Chrome Remote Desktopで〈Chrome OS Flex内部のLinuxのChrome〉に接続した場合

Chrome OSはChrome Remote Desktopのホストになれないのなら、Chrome OS Flex内部のLinuxにChromeブラウザをインストールして、そこにChrome Remote Desktopの拡張機能を加えて、そこをホストにできないものだろうか、と思った。
ので、試してみたら、自宅から〈Chrome OS Flex内部のLinuxのChrome〉がオンラインであることは確認できた。
なので、接続しようとしてみたら、以下の1,2,3のようになった。接続しようとするとXSessionを選択するよう言われる(1)。しかし、OKを押して選択すると、すぐにリモートデスクトップセッションは終了し(2)、再接続しようとしてもできない(3)。ただし、数秒待ってから再接続すると接続できる(が1に戻るだけである)。どうやら、そもそもLinuxにおけるGUI環境であるところのX Window Sessionとやらが走っていないってことらしい。
ここで僕にはお手上げ。Chrome OSの内部のLinuxアプリが、Chrome OSのGUIのなかで動いているということはどういうことか、などさっぱり分からないし。

1.


2.


3.



2022-06-15

iPadでは、keynoteに埋め込まれた動画を早送り再生できない

keynote に埋め込んだ動画について - Apple コミュニティ

誤算だったが、つまり、Chromebookでは動画を埋め込んだプレゼンテーション・ファイルをうまく扱えない(=YouTube動画を埋め込む以外のやり方では作成できないし、プレゼンもやりにくい)し、iPadでは、動画を埋め込んだプレゼンテーション・ファイルは扱えるが、プレゼンテーション作業中に早送りできない。

動画編集だけじゃなく動画再生もけっこう高機能、と考えておくべし。

ということは、iPadで動画を提示する場合は、スライドには埋め込まず別アプリで提示するか、あるいはやはり、高額だけど新しいMacbookを買うか。

買うとしたら、いつかなあ。

メモ:半澤朝彦(編著)『政治と音楽:国際関係を動かす“ソフトパワー”』(2022)

「通勤読書だった『政治と音楽』読了。事例の勉強になった。通勤時間はやはり生産的。あと、東京の非常勤が週に一度あると良い。 」 / Twitter https://twitter.com/nakagawa09/status/1536996363875262465

半澤朝彦(編著) 2022 『政治と音楽:国際関係を動かす“ソフトパワー”』 京都:晃洋書房。

2022-06-11

Googleスライドは機能が貧弱

追記:2022年6月13日

Chromebookは、動画や音声の挿入されたプレゼンテーション・ファイルの扱いが、弱い。つまり、授業用スライドを扱えない。という僕にとっては致命的な問題が発覚した。ファイルに埋め込まなくても、色々なタイプのファイルを扱えないといけないわけだし。

授業はiPadでやると良いのかもしれない。iPhoneでできるともっと良いかもしれない。


↑

追記:2022年6月12日その2

kindle unlimitedの本から得た情報

「リッチなコンテンツとして動画の挿入も可能だ。動画はYoutubeの動画からの引用に対応し、実際にスライド上で再生させることもできる。現時点ではGoogleドライブに保存している動画を引用し挿入することはできない。どうしても挿入したいときは、手持ちの動画をYouTubeにアップロードしなおすことで、Googleスライドに挿入できる。動画をスライドのみの利用で、他には公開したくない場合、YouTube内での検索のかからない「非公開」もしくは「限定公開」の状態に設定して利用しよう。」


↑

追記:2022年6月12日その1

オンラインでPowerpointでも試してみたが、動画はオンラインのものしか挿入できず、音声も16mbまでのものしか挿入できない。

つまり、動画や音声を挿入しておきたい場合、オンラインでのスライド作成はそもそも現実的ではない。ということは、ChromebookやChrome OS Flexではスライド作成しない(動画や音声だけMacで挿入する)?

また、それ以上に問題なのは、動画を含めたスライドの提示も難しい(iCloud Keynoteのプレゼンテーションモードでも、動画はうまく再生してくれない)。ということは、授業用パソコンとしてはChromebookは使えないのではないか…? ローカルに保存したら使えるのかな?

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Chrome OS Flexにすべて移行できないかを考えていたが、Googleスライドの貧弱さはネックかもしれない。

*

Chrome OS FlexやChromebookでプレゼンテーション用スライドを作成する場合、過去にKeynoteで制作したスライドの一部を再利用することが多い。まずはiCloudのKeynoteで作業することを考えたが、iMac 2010には少しきつかったらしく、作業の各段階でいちいちモタツイて仕事にならなかった。

そこで、KeynoteをPowerpointファイルに変更してからGoogleスライドで作業することを考えたのだが、KeynoteをPowerpointファイルに変更してからGoogleスライドで開いたファイルには、なぜか、動画も音声も残っていない。なので、動画と音声を挿入し直さないといけない。しかし、oogleスライドでは音声や動画を挿入する機能が貧弱で、とても使いにくい。

どうやら、音声や動画を挿入する際には元ファイルをGoogleドライブのどこかに置かねばいけないようなのだが、そのファイルを探すのもFinderやExplorerが立ち上がったりしなくて探しにくい。スライドに埋め込むファイル置き場を改めて作るのも何とも面倒だし。

デザイン周りが貧弱とかテンプレートがあまりないとかタブレットやスマホでは音声や動画を挿入できないとかは、慣れると思う。が、この音声と動画挿入のやっかいさは、ネックだ。性能の良いChromebookなら、iCloudでのKeynote作業がスムーズにできたりするのだろうか…。

参考:動画を挿入するためには「パソコンの Google スライドでプレゼンテーションを開きます」とある。つまり、タブレットのアプリなどでは挿入できない。


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自宅のMac mini (2018)で試してみたら、iCloud のKeynoteでは、そもそも音声も動画も挿入できなかった!



2022-06-09

Chrome Remote DesktopはMac、Windows、Linuxのパソコンに接続するためのもの →220808追記

220808追記

Chromebookにリモート接続している? できるようになった???

別のパソコンからChromebookをリモートコントロールする方法 - パソコンファン

Windows 10からChromebookにリモート接続する 

↑

Chrome リモート デスクトップのヘルプページの記述によると「Mac、Windows、Linux パソコンでリモート アクセスを設定できます」とのこと。

ChromebookやChrome OS Flexのパソコンからリモートアクセスは可能だが、逆は無理。Debian Linuxなら使えるみたいだが、Chrome OS FlexのLinuxモードでは使えないっぽい。

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つまり、僕の場合、研究室のChrome OS Flexのパソコンに自宅からリモートアクセスすることは無理。自宅から大学にアクセスできると、会計システム使えるのでとても便利なのだが。

今は授業用MBAを研究室に置きっぱなしにしているが、授業期間終わったらどうしようかな。研究室へのアクセスのためだけに安物パソコンを設置しておくべきか。はてさて。

(こういうのって、セキュリティの問題はどう考えたら良いのだろう。Googleアカウントで保護されているから、けっこうセキュリティは安心できるのだろうか?)


追記1:2022年6月10日

そのものズバリのQ&Aがあった。

Chromebookでリモートデスクトップのホスト設定が表示されない - Google Chrome コミュニティ 


追記2:2022年6月10日

Ubuntuを入れてホストにして、研究室に置いておく、というのもありなのかもしれないが…。そこまでして自宅から研究室のパソコンを操作する必要はないかも。
→UbuntuにChrome Remote Desktopをインストールする際には色々トラップがあるみたい:Google Chromeリモートデスクトップの設定 

2022-05-30

スクリーンショット

スクリーンショットを撮る方法が分からず困っていた。Chromebookにはスクリーンショットのキーがあるらしいが、Chrome OS FlexのキーボードはインストールするPCで使っているキーボードによって違うので。 
↓
今日見つけたChrome拡張機能で代替できる。 素晴らしいスクリーンショットとスクリーンレコーダー https://chrome.google.com/webstore/detail/awesome-screenshot-and-sc/nlipoenfbbikpbjkfpfillcgkoblgpmj/related
↓
2022年8月5日:最近、何かのキーを押したら拡張機能使わずにスクリーンキャプチャできたのだが、何を押したか分からない…。

2022-05-27

柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門』(フィルムアート社、2022年)

柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門』ありがとうございました。話題ですね。今後長く読まれていきそうで素晴らしいですね。

中川の専門領域に近いし今学期の授業ですぐさま紹介できそうだったので即読みしました。フィールド・レコーディングとは何であるかを概括的に紹介する、包括的で親しみやすい入門書でした。以下、メモ。
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フィールド・レコーディングと言っても色々な種類のものがある。学術研究のために民族音楽学や文化人類学の領域で行われたり、生物音響学では動物の発する音が研究されたり、音楽作品やサウンド・アート作品を制作するために使われたり、フィールド・レコーディングそのものが創作物となったり、ドキュメンタリー作品としてテレビやラジオのために制作されたり。高価な機材で精密な録音がなされる場合もあれば、iPhoneのマイクで録音されるものもある。この本は、そうしたフィールド・レコーディングなるものを、そもそもフィールド・レコーディングとはどのようなものであるかを整理したうえで、環境音を録音すること、音楽をフィールド・レコーディングする場合、超音波など「聞こえない音」をフィールド・レコーディングする場合、フィールドワークにおいて音をフィールド・レコーディングする場合などに分けてそれぞれの勘所を説明した本。「フィールド・レコーディング」なるものを包括的にきちんと扱った初めての本ではないか。
この本は読みやすい。抽象的な議論はあまりなく、具体的で実際的な言葉で書かれており、時おりパンチラインのように「なるほど!」と思う言葉が直截に登場する。それは著者がフィールド・レコーディングという活動を熟知しているからだろう。
僕ははじめ著者を、研究者であると同時にフィールドレコーディング作品を沢山リリースしている人、として知った。面白そうな人がいるなと思っていて、連絡をとって初めて会って話した時、映像人類学という試みでは人類学的な研究手法として映像記録を残すことが認められているが録音にも同じような可能性(=音響民族誌)がある、といった考え方を教えてもらった。その時は「そうなのかあでもそんなことできるのか?」とか思っていたが、後に、「フィールドレコーディングを主体とする実践的な研究手法としての音響民族誌の方法と課題」 という論文でそういう考え方について詳しく説明されて、なるほどー、と思った。本書はフィールド・レコーディングの可能性をさらに拡大しようとする本なのだといえるだろう。
本書は読みやすく、専門家のみならず、フィールド・レコーディングをやったことはないがやってみたいという人やこういう領域にあまり詳しくない人に読まれる本だ。本書で、著者は最初に、自分は「研究と作品制作を異なる領域の活動として捉えるのではなく、むしろそれらを積極的に混淆させることで他者との協働・対話の場を作りだそうとしたり、研究成果やプロセスを社会と共有しようとしたり、新たな調査・研究手法を開拓しようとしたりしてきたのである。私にとってそのような活動の核となる実践がフィールド・レコーディングである」(15)と述べている。この本は、フィールド・レコーディングが何か意味ある行為として行われる場所や領域を拡大していく本だ。また、フィールド・レコーディングそのものも、学術活動と制作活動とを横断し、演奏者と録音者という境界も横断し、録音対象(=世界、環境、空間)と録音主体という主客のあり方そのものを横断する行為だ。フィールド・レコーディングについて書かれたこの本もフィールド・レコーディングも、色々な領域を横断していくものなのだなあ、と思った。

『UNPOPULAR POP 脱マスメディア時代のポップカルチャー』報告書

佐藤守弘さんから『UNPOPULAR POP』(報告書、2022年)を送っていただきました。

佐藤守弘さんが問題提起し、水田拓郎(aka dj sniff)さんと安田昌弘さんがキュレーションしたオンラインシンポジウムの記録です。こちらで公開されています。 →UNPOPULAR POP – 脱マスメディア時代のポップカルチャー 
こちらオンラインシンポジウムが開催されていたときは、「unpopularなpopは単に下手なpopでしかないのではないか」とか思っていたのですが、今回の報告書に掲載されている佐藤守弘さんの論文が勉強になりました。僕はserious musicとかcontemporary musicがpopular musicになるプロセスに関心があるので、そういうことを考えるのに参考になる。こちら次の発表ですぐさま使いそうな勢いでもあります(いやまあ、次の発表の内容は未定ですが…。どうしよう…)。

書誌情報はどう書くのだろう?
佐藤守弘, 安田昌宏, and sniff(水田拓郎)] [dj, eds. March, 25 2022. UNPOPULAR POP 脱マスメディア時代のポップカルチャー 報告書. 科学研究費基盤研究(A) 研究課題番号19H00517 「脱マスメディア時代のポップカルチャー美学に関する基盤研究」.
とか??

劉美蓮『音楽と戦争のロンド』廣瀬光沙(訳)(集広舎、2022年)

西村正男さん監訳の劉美蓮『音楽と戦争のロンド』廣瀬光沙(訳)(集広舎、2022年)を献本いただきました。ありがとうございます。これは読み応えありそうな。

こちら、作曲家江文也の生涯を克明にたどる本です。江文也といえば、何年か前の朝ドラ『エール』でも知られる(?出てたの?見てないので知らない)台湾出身で、中学生以降は日本で教育を受けた作曲家です。ベルリン開催オリンピックに作曲家として参加し、戦後は日本国籍を失い、中華人民共和国で文革に翻弄されたりしたひとです。映画『珈琲時光』(2004年)は江文也をテーマにしているそうです。

僕は、2019年9月に台北でアーティストの王虹凱(Wang Hon-kai)さんにインタビューした時、江文也をテーマにした作品を準備中と聞いて、この作曲家のことを知りました。 →参考:王虹凱が台湾の音楽家・江文也をテーマにしたレクチャーパフォーマンス上演 - 台北駐日経済文化代表処 Taipei Economic and Cultural Representative Office in Japan 
なので、この読み応えありそうな厚さですが、丹念な記述をぼちぼち読んでいこうと思う本です。資料本として活用します。図書館にも入れておいたので、ぜひ、学生諸君も参考書として活用して欲しい。早く、また台湾に行きたい。