2009-10-28

右のハムと左のハム

どちらも食事中。

互いに互いを認識しているかどうかは不明。
(たぶんしてないと思う。)

妻の勉強机的な机

妻には職場に(たぶん)机があるので、自宅の机はあまり使われていない。
最近机周辺が整理されて、面積の半分くらいはハムスターの館になり、残りの大半が、ハムスター撮影のための場所になった。
で、少しだけ残ってるスペースにMacbookが置かれたりする。

最近、ハムスター撮影のための小道具として、僕がかつて使っていた灰皿が掘り出されてた。

2009-10-27

DVDで『地球が静止する日』(1951)を見た。

地球の静止する日 [DVD]
エドマンド・H・ノース
B000793D6MSEや音楽に「テルミン」が使われている映画として有名なので、見た。だから、もちろんリメイクじゃないほうを見た。
意外さはなくて、宇宙人が初登場したりロボットが動き出したり始めて宇宙船内部の映像が出てくる場面とかで、テルミンが使われていた。「聞き慣れない音」が「見慣れない風景」のために使われていた。ちょっと以外だったのは、テルミンが「効果音」じゃなくて「(弦楽器とともに)メロディ楽器」として使われていたこと。けっこうメロディが奏でられていた。
というか「効果音としての使用」というのは、最初に思いつくことではないのだろう。
ま、テルミンの使用事例としては、簡単に紹介するくらいにしか使えないことを確認した。
ただし、リメイクにあわせたブルーレイ版には、「謎めく音色テルミン」という特典があるらしい!見てみたい!

で。映画について。
50年代のSF。
宇宙人のみならず、ロボットも、普通の白人にしか見えん。
リアリティもぜーんぜんないし、話の展開も(映画の中ではシリアスなのだけど)バカバカしくて、でも楽しめたのは、なんでだろう?
「電車の通勤中にネットブックで見る」という条件で見てたからだろうか?
座れるなら、快速とかじゃなく各駅停車に乗ったほうが座れるからいいかもな。
と思った。

→
けっこうネット上に映像が転がってるなあ。

金色の免許証

運転免許を持って15年目にして初めて優良運転者更新講習を受ける。めでたい。
三十分後には僕もゴールド免許所持者。
あと、高齢者講習を受けたら、すべての種類の講習を受けることになる。(→いや、一般講習を受けたことがないや。)
優良運転者更新講習には、子供連れのお母さんも来るられるらしい。仕方ないのだけど、うるさい。
しかしまあ、大変やなあ。
前で話す人間は、子供がどれほど泣き叫ぼうとも、声の大きさを変えない。

免許の色が変わると、なんか気持ちも変わるだろうか。
免許証のマテリアルの美的性質が云々とか免許証の社会的ステータスが持つ影響力云々より、今、僕の心持ちは、どれほど免許証に影響を受けるのだろうか。

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普通免許は、中型免許に変わったらしい。
へー。
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「講習」を受けるとよく分かるけど、視力が落ちた。
スライドの文字が滲んで見える。
おお、こんなところでもプレゼンテーションソフトが使われているのか!
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おお、今、子供が前のスライドのところに!
しかし何事もなかったかのように講習会は進む。
子供連れのお母さん、出ていったぞ。。。免許更新の講習会なのに。
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退屈だ。

memo-TV-FOX

世界のテレビが無料で楽しめます:「TV-FOX」: これ、すげー!テレビって、ほとんど見ないけど、これ、かなりの数の国のテレビを見れる。すげー!
(しかしすぐに飽きてしまいそうな予感もする。)

2009-10-26

環状線を走る電車の一部

久しぶりに杉山くんと会ってご飯食べて話して、楽しかった。
美学の後輩(とはいえ、僕よりずいぶんしっかりとした研究者だけど)は、週の前半だけ関西で非常勤というハードスケジュールをこなしつつ、今、貨幣の感性論を構想してるらしい。なんと頼もしい。
ま、会話の三分の一が暗い内容とされそうなことだったのはむべなるかな。なので良しとしとこう。
やっぱ他人と会話するのは良いことだ。自分を確認するために必須だ。

明日は早起きだ!

2009-10-25

夜道

ドリルマン@ウララ

おお、なんつうか、懐かしい。
今のドリルマンは違うみたいだけど、昔のドリルマンを思い出すので、ジザメリとか、ヴェルヴェットとか、マンチェとか、なんかそういう懐かしいフレーズが思い出される。なんか昔よりかっこいい気もするけど、終電もあるし途中で帰ろう。

西院から阪急で烏丸で地下鉄に乗り換えて、で、竹田で近鉄に乗り換える、と。
ま、近くはないよな。

memo-メンバーの見立て

ふと思ったこと。
あらまたひろしのようなギターボーカルがヌメヌメ歌って、みうらじゅんのような外見のリードギターがエッジのきいたギターを弾いて、勝谷誠のようなドラムが、細かくは不正確ながらも重いリズムを叩いてる。ベーシストは見えないが女性らしい。

ニプリッツ@西院ウララ

かっこいい。

サイケでノイジーでブルージーで。
ギターと二本とベースとドラムは体内に突き刺さるように鋭い。
すげえ。
ボーカルは、なに言うとるのか分からん。
これもまたすげえ。
これで「バンド」として一まとまりだ、ってのがすげえ。

たぶん6年前に一度Eastで見たけど、比較できるほど覚えてはいない。「成長」とかしてきたバンドなのかな?

まあとにかく、かっこよかった。
(今、まだ演奏中だけど。)

→
ギターは「DUSTのZINさん」だった。そうだった。
僕は話したこともないけど。

Tochika(か、トーチカ)

ゆったりとした歌もので、基本的には、落ち着いて聞けたしかっこ良かったっす。って、まだ二曲目だけど。
スペイシーなギター、かっこいいね。僕好みだ。

予想外というかビックリしたのが、トムくんが歌ってること、かな。そういや、昔歌ってた気もするが。
「ステージで歌うときの声」を作るタイプの人だったんだな、トムくんは。普段ののんきな声で歌うのじゃなくて。でもそれはそれでちょっと想像できないか。できたらすごいけど。

→
正直、けっこう寝てしまった。僕の隣のぶちくんとかたかしくんも寝てた。
でも三人とも、「嫌だから寝てた」んじゃなくて「気持ち良かったから寝てた」ので、良かったんだと思う。
なんつうか、演奏してる三人が楽しそうだなあ、と思った。
メモ:道券くんは水道屋さんらしい。

高音と低音

高音と低音が耳にいたい。
でも僕はまだ鼾かいて寝てない。
次がTochikaらしい。

店内の平均年齢、高いなあ。

西院ウララ

たぶん五年以上ぶりに西院ウララに来た。
トムくんのTOCHIKAを見るために。ちょうど京都市内に来る日だったし。ニプリッツも見れるし。
ライブハウス自体が、数年振りだ。
客として何分も見てられるだろうか。飽きて途中で帰ってしまわないか、不安だ。

烏丸北山

烏丸北山北西角のロイホより。
むかし、男友達の誰かとこのロイホで朝までだらだらした記憶があるのだけど、誰とだったか、思い出せない。
一乗寺から夜中にタクシーで行くとお手軽にスペシャル感が得られるくらいの距離だったんだよな、確か。
そういうこと、ここで何回もしたかもしれない。

今日は、京都府立大学に初めて来た日。
なんか、すごく気楽な気分になってきた。

アミーゴ書店???

所用があって、久しぶりに地下鉄北山駅周辺にきた。
かつて、サカナのアルバムが(pocopenソロも含めて)全部あったり、ちょっと珍しい感じの良い品揃えだったCD屋内さんだったはずの店の名前が、アミーゴ書店ってのになってた。
今でもCD売ってるんだろうか。
隣は相変わらず、サンクスだった。

2009-10-23

memo-anamorphosis picture

anamorphosis picture - Google 画像検索
『Film Before Film』という映画(?記録映像??)を見て、呼び名を知った。先週まで京近美でやってた、ケントリッジ展で初めて見て「こんなもの思いつくなんて、この人すげー!」と思ったけど、けっこう歴史あるものだったらしい。
何で説明したら良いのか…。このGoogle画像検索で出てきた画像を見ればすぐに分かる。
例えば円柱形の鏡に映ったイメージが「普通の二次元画像」に見えるように、歪曲を計算した二次元画像を描く、ということは、けっこう昔からなされていたらしい。

どういう計算するんだ?そんで、どうやったらできるんだ?

memo-errant bodies

errant bodies: "Errant Bodies has been publishing books and CDs on sound, auditory issues, spatial arts and design, and cultures of experimental performance and art since 1995. Since this time, it has been at the forefront of developing and supporting the diverse attitudes toward the emerging field of sound art, contemporary experimental music, and auditory culture. In addition, Errant Bodies aims to remain sensitive to the specifics of location and the co-productive details born from cultural work and its place through site-based research, actions and projects.":ここ数日、刀根康尚を味わう準備をしている。
で、Yasunao Tone: Noise, Media, Languageの出版社情報を探していて、こういう団体を知った。
1995年から(多くは音に関わる)実験的なパフォーマンスやアートの本やCDを出版しているらしい。大きいところではなさそう。
具体的に、どれくらい小さいのだろう?

memo-パイレーツ・オブ・道頓堀

Welcomeふと思い出したので、メモ。
名称は「大阪インプロ(即興コント)グループ」かもしれない。
《Freeze in Osaka》をやったのはこの集団らしい。日本でやったのこの集団だけか?他にもいた気がするが。
そのうちチェックし直すこと。
一回こういうのに遭遇してみたい。案外、邪魔と思うだけかもしれんけど。
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2009-10-22

本当にさっき気づいたこと:「おっ」+「さん」=「おっ さん」

本当に、さっき気づいた。というか、妻に指摘された。というか、そんなことにも気づいてなかったのか、みんな気づいてたで!と驚かれた。(中川:「みんな」って誰やねん。)
ただの「おっさん」ではなく、「おっ」+「さん」=「おっ(半角空白)さん」だったとは!
ほほー!

イカレポンチホイホイ

という言葉が、校内の池にできていた。今年の学祭の標語らしいが、最初見たときは知らなかったので、笑ってしまった。
調子にのった誰かに飛び込んで欲しい。ただ飛び込あむだけではつまらないので、「何かヒトネタ」して欲しい。で、すぐに池から上がって、体を暖めて欲しい。
と、思って、ヒトネタについて授業前に結構考えたけど、何も思い浮かばなかった。

で、授業。
今年度は、もんのすごく静かで、すごく抑制が効いている。最初だけかと思ったけど、6回目もまだ続いている。
我ながら素晴らしい。確かに、十分内容を準備してあれば、僕でも、100人程度なら静かにさせて授業できる。
しかし、なぜ、こんなにきちんとしてるんだ!?

「ちゃんとじっくりと話しているから」だろうか?
だとすれば、僕の成長を意味しているのだから、めでたい。
あるいは「学生気質の変化」ってやつだろうか?でも、たった一年でこんなにも変わるってことはないだろうし、それに、この授業は学年がバラバラだ。

やっぱ僕の成長だな。
やるなあ。

叡山電鉄の混雑

今日、出町柳から乗ったら、いつもはスカスカの叡山電鉄が、ものすごく混んでた。この写真をとった後に更に混み出した
秋のせいか?
なんかあるのか?

みんな鞍馬まで行くらしいので、一番前の車両に乗ることを駅員さんに勧められた。
今から(午後三時)鞍馬か。
遅くないのかな。

帰宅したら、原因を調べること
あと、しばらく京都市内でバスに乗るのは避けること


→
鞍馬の火祭だった。
なるほど。
僕は、全く気付いてなかった。行ったことないし。
さすが「茨木のおっさん」。

2009-10-18

命名:シズオ

実は名前は先に決まってたパールホワイト。
俺はまだ本気出してないだけ 3 (IKKI COMIX)
409188427X

チェコから来たハムスター

僕のために。
今度はパールホワイトに来てもらうことにした。
なぜ、こいつらは、海外から輸入されてるんだろう?利益出るんかな?

memo-サディスティック・ミカ・バンド『天晴』

僕は、このアルバムが好きだったことを思い出した。
サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」は文句なしに名曲だけど、僕は、この二曲がすごく好きだった。
ボーカルが「桐島かれん」になったSadistic Mica Bandの1989年の音源。僕は中古CDで買った。(なぜか、現物もMP3データも手元に残っていない。)
なんつうか、お洒落な感じを狙ってんだろうけど、(少なくとも僕には)うまく伝わってこないダサい感じが好きだった覚えがある。
62か。
自分で死ぬやつなんか嫌いだ。
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St. Louisみやげ

これはセントルイスのお土産らしい。
「ミシガン」は入出国したデトロイト空港のある町。
で、ミシガンが関空だとするとセントルイスは熊本、みたいな感じに離れてるはずで、正確にはもっと離れてるはず。
ま、いーけど。

2009-10-17

オレンジ

この一週間、妻がアメリカに学会発表に行ってて久しぶりに独身生活してたのだけど、なんか気忙しくてさほど「独身生活」という感じもなかったのだけど、最後に服を買った。

で、結局、オレンジ色のを買ってしまった。
ううむ。

永江孝志 / イミテーション・イエロー (2003)

すごいもんみつけた。

現在は「永江孝」で活躍してるらしい、なあちゃんの6年前のアルバムからのシングルのPV。
色々突っ込みどころはあるけど、もう6年前のものだし、なあちゃんとも長いこと会ってないし、全部ヨシとしとこう。
(しょぼい映像で金がかかってないのは「colla disc」ってのがその程度の規模のインディーズ・レーベルだったからだし、なあちゃんの挙動に色々突っ込みたくなるのは、なあちゃんの才能はこういうところでうまく「演技」できることではないからだし、PV全体の出来がこんな感じなのも、こんな感じ以外のものを考えることができる人がいなかったってことだろう。)

何がすごいって、

1.僕は、この曲のドラムを叩いた。(五線譜渡されて、フレーズ通り叩くために、珍しく個人練習した記憶がある。)確かこの報酬は、缶コーヒーと100均の石鹸を置くためのプラスティックの台。(どっかいったけど。)
2.なのに、こんなPVが作られていたことを聞いた覚えが一切ない。作られたという噂を聞いた覚えも一切ない。少なくとも見たことはない。
3.別に、当時の僕はいじめられていたわけじゃない(はず)。

なのに、なんでこのPVのことを知らなかったんだ?
深夜にテレビ出演したのは知ってたけど。
不思議。不思議。摩訶不思議。

2009-10-16

テレビ録画した『傷だらけの栄光』を見た

なんて素敵な映画だ。
ポール・ニューマンは良いなあ。
何と言っても原題(SOMEBODY UP THERE LIKES ME)が良いよな。
原題で覚えてたから、『傷だらけの栄光』って邦題の映画は知らないと思って録画してた。
2009年10月15日の翌日に見て良かった。
50年代の映画かあ。

2009-10-13

memo-ライセンス認証の期限が…

Windows Vista の起動時にエラー メッセージ "ライセンス認証の期限が切れているため、Windows は動作しません" が表示される今朝、突然、デスクトップPCにこう言われた。僕はXPだけど。ここ数ヶ月、ハードウェアの構成は変えてないのに。原因不明。

毎日バックアップとってるし、DropboxとかEvernote使ってるし、音声と動画は外付HDDなので、データ・ロスはなし。

何より、デスクトップPCについてきたOSのCD-ROMを入れて起動してみると、起動できた。
つまり、今んところ、問題はなし。午前が潰れたけど。

なんだったんだ?
不気味。
近いうちに壊れるんじゃないだろうか。

memo-Richard Youngs: Garden Of Stones

The Wire: Adventures in Modern Music: Article: "Richard Youngs: Garden Of Stones"
『The Wire』って雑誌のウェブサイトからダウンロードできるのだけど、ひっさし振りに「かっこいー!」と思った。
「なんてこたあないエレキギターのインプロ」なのだけど。
たぶん「瑞々しい」とか、そういう形容詞で語られることが多いエレキギターだと思う。

2009-10-12

ミックまで

トム君と、和歌山のオーバさんと半日過ごして、最後にミックに行って、うつせみのタカシ君と会って、再就職まであと10日間あるから今日は朝まで遊ぶつもりのトム君と、何時まで付き合うかは知らない二人より先に離脱して、今、帰宅。
左京区に住んでりゃ朝まで遊べるのにな、と思いつつも、帰宅。
久しぶりにこういう遊び方して、楽しかった。やっぱ人と遊ぶって良いな。
あと「ライブ」っていいなあ、と思った。色々状況を落ち着かせて、ドラム叩きたいな。

トム先生から学んだこと
:人付き合いは、浅く広く幾重に何度も。

小劇場?

たぶん10年以上ぶりに、小さなコヤで、ダンスというか、ちゅーと半端なアングラ前衛演劇もどきを見た。コヤじゃねえな、ここは。
なんかよくわからんけど、真剣に演じてる様子を見ながら僕は吹き出しそうになっていたので、いわゆる人生オタクな内容だったんだと思う。お前が友達作りゃあそれで良いんじゃねえか、という感じ。せめてダンスなら良かったのに。

真剣に演じてる演者や、真剣に見てる他の観客を見ながら、日本って平和なんだなあ、って思った。自分の身の回り、もしくは自分のことしか考えずに、セカイとかジンルイとか語ってしまうのだから。
真剣に演じる演者ってすげーなー、って思った。


→
正直、10分ほど見て、後は寝てしまったのだけど、けっこう鼾かいてたらしい。
我慢して起きてるつもりはないけど、周りに迷惑かけたくはないので、鼾かいてたら起こして欲しかったな、と思ったけど、帰宅してから、まあ別にしょうがないし、いっか、と思った。

→
これとは別で「小劇場で演劇を見たい」と思った。

ニコラの筆箱

僕のみならず、今日の集まりを呼び掛けたトムくんでさえ初対面の、フランス人のニコラの筆箱。

岡田一郎の裏の作品@京都芸術センタ-

別バージョンがあった。
詳細は後で。


→
岡田一郎 - あのひと検索 SPYSEE [スパイシー]:同学年だった。

→
ある風景の中に:この展覧会の入り口に飾られているものは、「日本の風景の看板の文字をドイツ語などに替えたもの」だけど、「外国の風景の看板の文字を日本語に替えたもの」という裏バージョンがあって、しかしそれは、京都芸術センター中のチラシとかポスターとかいっぱい置いてある部屋のポスターの一枚として貼られてて、作家本人に教えてもらわないと気付かなかった。トム君の昔からの友達らしい。そして、この作家にとっての(おそらくはある種のフィクションとしての)「新興住宅地」に、僕は、今、住んでいる。

2009-10-09

memo-Grigori Aleksandrov and Sergei Eisenstein-Romance Sentimentale (1930)


エイゼンシュタインも関わっていたらしい、サウンド・フィルム編集を用いた(とされる)映像。サウンド・フィルムに直接何かを描いてそれを発音させたかどうかは分からないが、「1930年代なのにかなり音響編集なされていること」は確認できる。
-----------------
Kahn, Douglas. 1992. "Art and Sound." in: Kahn, Douglas, and Gregory Whitehead, eds. 1992. Wireless Imagination. Sound, Radio, Avant-Garde. MA: MIT Press: 1-29.によれば、「音を操作するその他のテクニックと描かれた音が用いられているフィルムは、Romance Sentimentale (1930)だ。これはロシアで制作されたものではないかもしれないが、ロシア人による最初のサウンド・フィルムである。これはフランスで制作され、普通は、(その製作者は)グレゴリ・アレキサンドロフだけとされる。しかしおそらく間違いなく、この作品は全くの失敗だったのでこのフィルムからは距離を取ろうとするが、セルゲイ・エイゼンシュタインもこの作品の制作には関与していた。特に最初の自然風景の視覚的なモンタージュは、エイゼンシュタインのスタイルだし、過激に構築されたサウンド・トラックに対応するものだ。…」

2009-10-08

拗ねる

ここの学長には、一時期、ん?ん?ん?と思っていた時期があるけど、基本的には面白い人で、今日、久しぶりに会って挨拶して、「どう、最近、世の中を拗ねて(何してるの?)」と言われた。
上手いこと言うなあ、と思って、「世の中を拗ねて、で、前向きに生きていこうと思ってるとこです。」と言っといた。
僕は「世の中を拗ねている」というフレーズで整理されるらしい。面白かったけど、「食ってく仕事」を見つけないとねえ、で片付けられてもねえ。
しかしまあ、「世の中を拗ねる」って何だ?
あと何よりも、「食ってく仕事」こそが重要ではないか、と思うのだが、そんなこたあない、ってこともあるんだろう。


→
一つ思ったこと
「世を拗ねている」という形容は、(その当人は「不当」と感じているかもしれないが)その当人を取り巻く状況やその当人の取り扱われ方は「正当」だ、と述べるために「も」役立つ。要するに、誰かの不平不満を黙らせたい時に、それは「不当」ではなく正当な状態だ、と言って黙らせるために「も」役立つ。
「も」というのは、別に、そのようなパフォーマティヴな理由で「世の中を拗ねている」というフレーズを用いられたとは思っていないから。
でもそのようなパフォーマティヴな意味を担わされることもあるだろうし、そういう事態に陥ったこともあるので、自衛のためにメモ。
メモなので遠まわしな表現。

→
それらとは関係なく、来年度どうしよう。
もう、決めねば。

2009-10-07

memo-少年ヘンデル真夜中にハープシコードをひくの図

最近チェックしてた山本壽『音樂の鑑賞教育』(大正13年7月)(1924)の中の挿絵。これはヴィクター社のMusic Appreciation for Little Childrenの翻案。
この翻案は、「西洋芸術音楽史」にまつわる色々な知識をそのものを輸入しようとするものではないけど、西洋芸術音楽を最上のものとする価値観を輸入するものではある。で、その一環として、ヘンデルとか、ベートーヴェンとか、モーツァルトとか、メンデルスゾーンの伝記がのってたりする。
-------------------------
「音楽は潜勢的言語の結晶である。言語の力の終る所から始まる所の言語である。その力は国民、国体、家庭、乃至個人の心の内部に働く所のものである。世界に類なき萬世一系の君を奉戴せる我が国民は、軍国主義や侵略主義とは異なった穏健な忠義といふ、一国民的団結の中に国民の責任を自覚するの必要を感ずる。」(山本1924より)

バカだ…!オレは…!~来た…!来たっ来たっ来たっ…!

これから金曜日どうしよう…!と思ったけど、何よりもまず、前向きにいこう、と決めたのだった。

小林信彦『おかしな男 渥美清』

おかしな男 渥美清 (新潮文庫)
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車寅次郎ではなく渥美清の本。面白かった。
『男はつらいよ』以外の渥美清の映画を見てみようと思った。
内容もさながら、久しぶりに小林信彦を読んだ。
中高生の時の愛読作家だ。
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明日、九時の時点で「暴風警報」なら、お休み。

2009-10-04

memo-Rubber Duck Project 2009


Rubber Duck Project 2009:天満橋のアヒルは、オランダから来たものだったらしい。見たかったな、これ。
→
闇夜に浮かぶ巨大アヒルをオランダに帰る前に撮影してきた - GIGAZINE

高橋源一郎『13日間で「名文」を書けるようになる方法』を読んだ。

13日間で「名文」を書けるようになる方法
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これは、高橋源一郎の大学の授業の講義録、という体裁になっている。
授業は、高橋源一郎が学生に読ませた文章、学生に課した課題とそれに応えて学生が書いた作文、それらに関する高橋先生の説明とか解釈で構成されている。大学での授業収録した体裁なので9回目は「休講」だったりする。
タイトルはハウ・トゥー本で、これを読めば「名文」を書けるようになるらしい。

だけど読んですぐに気付くけど、この「先生と学生の会話」はフィクションだ。学生が読み上げる作文は本当に学生が書いたものなんだろうけど、実際に授業の中で「作文」してもらうためには、もっと細かな実務的な指示(字数とか)が必要だし、「書き方に関する細かな指示」が必要なんじゃないかと思う。でもそこらへんの授業進行に関するエトセトラは(収録されていても邪魔だし)省略されている。
また、これも読んですぐに気付けど、これはハウ・トゥー本じゃあない。これは、大学受験参考書としてたくさん出ている『…先生の「英文法」(あるいは「数学」とか「化学」)講義の実況中継』とは違って、「名文を書く方法」に関する知識を効率的・能率的に伝える本じゃない。これを読み終わったからといって、すぐに「名文」を書けるようにはならない。代わりに、この本を読めば、文章(を書くこと)に関して色々なことを学んでいるかもしれない。

じゃあ何を学べるのか、というと、実は、僕は、よく分からない。20前後の大学生が、「自己紹介」とか「ラブレター」とか「憲法」とか「自分以外の誰か(一日しか記憶が持たない人)になって書いてみる文章」とか「演説」とかを書けること、そしてそれはけっこう面白い文章となること、を知るのは面白い。「名文」ってのはこの程度のモンなのかもしれんなあ、と思ったりもする。二人以上の人間が「面白い」と思う文章は、もう全て「名文」なのかもしれない。

それより僕が面白かったのは、この本は「ハウ・トゥー本」のタイトルを持つ「大学の授業の講義録」だけど、この本で時々高橋源一郎が述べていて、この本の授業において実践しようとしている「教育」は、「ある種の知識やデータを能率的・効率的に伝達する」ハウ・トゥー本とは正反対のものであろうとしていること、だった。
高橋源一郎にとって「教育」とは徹底的に人文学的なもので、高橋源一郎は「誰かが、なにかについて「考える」様子を、目の前で見ること…それ以上に「教育」的なことは、存在しないのです。」(77)と考えてる。なので、授業が15回あるとして、毎回何をしてどのような効果が見込まれるかを予め決めて授業計画表を作成するように指導する文部科学省的な「教育」には違和感を感じている。
確かに文部科学省の「指導」は馬鹿馬鹿しい。でも「教育」が変化していることは確かだろう。ここ数年の学生の変化に金して「教育」のあり方が変化し、「大学教育のための教科書」がある程度の需要が見込まれる市場になっていることは確かだと思う。つまり、大学は、あるいは大学という市場では、「ある種の知識やデータを能率的・効率的に伝達するハウ・トゥー本」が求められていると考えて良いはずだ。でも高橋源一郎は、徹底的にそういう「教育」からは距離を置こうとしているわけだ。

僕が面白かったのは、そういう「教育」の変化と「大学教育のための教科書」への需要の増加の中でこの本がたくさん売れたら面白かろうなあ、ということなんだと思う。
個人的には、人文学でも「ある種の知識やデータを能率的・効率的に伝達する」ことはとても大事な知的営為だと思う。大学が、というか文学部が、効率や能率を全て無視した「教育(と呼ばれてきたもの)」しか持たないままなら社会の中に存在する意味はないと思うけど、でも「全ての授業において毎回の目的と効果をリストアップする必要がある人文学」って、それはそれで、何にでも同じ基準を当てはめておけば満足するお役所馬鹿みたいだ、と思うので。

ということで、この本、「一般書」としてではなく「大学の教科書」だと勘違いされたままベストセラーになったら面白いなあ。

2009-10-03

HI-TEC-Cとか

>ペンを用いるエンジニア
その通りでしかない気がするけど、とにかく、できることをしていく。
「たぶん何とかなるだろう。」と思ったりできるので、たぶん何とかなるに違いない。
(金曜5限が受講登録者0で閉講になるみたいやけど。)

>横浜近くのイルカな人
上記並びに下記写真を参照しよう。妻によると、三色は「ウサギみたい」らしい。
「残暑お見舞い」出そうと思ってるうちにもう秋だ。
MySpaceも更新できんし困ったもんや。
ま、いっか。
20091001-330

京都芸術センター 

色々思うところあって、『ある風景の中に』展を見に来た。
来てから、来たことがあるような気もしてきたが、思い出せない。
オフィス街の真ん中に、ぽっかり空いてる空地みたいなスペース。そりゃ魅力的な場所だ、ここは。
と思うと同時に、地価が高い場所に維持される空地には、色々なコストがかかってるんだろうなあ、と思った。


展示は、予想していたより面白かった。もっかい来よう。

教室ひとつ全体を使ったインスタレーション作品を三つと、ちょっと小さなエイオリアンハープ作品が一つと、展示がさりげなさ過ぎて見過ごしてしまいそうな、花がクルクル回るガジェットみたいなの一つと、写真作品が一つ。

展覧会の名前は、ケージの佳曲が由来だろうけど、ま、あんまし気にしなくて良い。
日常の風景の見え方を、結果的に「ちょっとだけずらしてくれる」という僕好みの作品が多くて良かった。
69分かけてドからミへ、同じ時間かけてミからドへ音が変わっていくスピーカーを部屋の両端においておく、とかね。39分頃に一瞬だけ音のうねりが止まるはずだけど、そこまで待ってられなかった。
この手の作品では、ずっとうねりを聞いた後に外の音聞くと、音を聞くときの注意力の尺度が変わる。(聴取の焦点が変わる。)
そういうの、けっこう好き。地味だし、こっちに努力を要求するからめんどくさいけど。
でも、この手の作品を経験した後じゃなければ経験できないもの、ってのがあると思う。コストパフォーマンス悪いし、そうして得られる経験こそが何よりも大事なもの、ってことはないけど。でも面白いから、世間の隅っこに置いといてもらいたいもんだ。

サウンドアート作品だけじゃなかったのが、なんだか好印象。
夜はもう寒いな。


→
このケージの佳曲の邦題は《ある風景の中で》(1948)が多いみたい。原題は《In a Ladscape》 (1948)。
「ある風景の中に」を無理やり英訳したら「Into a Landscape」となるはず。確かに、この展覧会は「音の風景」の見え方を少し変えようとする点で「風景」に積極的に関わろうとするものだけど、ケージの曲のほうは、「風景」なるものにそれほど積極的に関わろうとするものではなかった気がする。うろ覚えだけど。
「わけの分からないケージ」とは違って、あんまし「ケージの曲」という感じのものではないけど、聴きやすいし長さも適当だし、けっこう色々な人が録音している、ケージのピアノ曲だとは思う。

2009-10-02

HI-TEC-C、幾つかの反応

一色だけで替えがなかった時期から、二色、三色、四色と、ずっと、全て使用してきてます。我ながらはまっとる。
最近、「ボールペン戦争」があったらしいけど、関係ないな。

あと最近、幾つかの機会に、人から意見をもらえるのはありがたいことだ、と思った。
できることは全てやらねば。

2009-09-28

Patrick Feaster-Oldest sound recording


1860年に記録された世界最古の声(FirstSounds.ORGにあるやつ)の企画とか、レオン・スコットの文書の英訳とかしてて、フォノグラフ発明直後の新聞記事とかをテキスト化して公開してくれているPatrick Feaster(Phonozoic - Patrick Feaster's Phonograph Website)の映像が、YouTubeにあった。
ほほう!

→
ただし、あんまし内容はなかった。
Patrick Feasterくんは、子供の頃から昔の録音を集めるのが好きだった、ってことが分かった。

→ちなみに、これ。
1860年の声の記録について
2008年3月頃にこのニュースが出て、それでしばらくネット上で色々な記事が出回ってたもの。
NYタイムズの記事の抄訳
フランスで行われた世界初のレコーディングが再生された[前編]
フランスで行われた世界初のレコーディングが再生された[後編]

→
初音ミクが歌ってました。
CloseBox and OpenPod > 世界最古の歌声が見つかったので初音ミクにうたってもらった

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初音ミクとデュエットしてました。
CloseBox and OpenPod > 148年前の歌声と初音ミクが時空を超えてデュエットした


世界最古の録音が怖すぎる件(動画) : Gizmodo Japan
世界最古の録音音声、最新技術でよみがえる 国際ニュース : AFPB News

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FirstSounds.ORG

2009-09-27

memo-オリコンシングルチャート、20位が史上初の3000枚割れ…59位からは売上1000枚に満たず

(cache) オリコンシングルチャート、20位が史上初の3000枚割れ…59位からは売上1000枚に満たず:The Natsu Style:昔、キセルのマネージャーに、2-3万枚売れるくらいではメジャーでは商売にならない、と聞いた記憶がある。10万枚くらい売れてもらわないと、と。10年前にインディーズでちょいと有名なバンドは、5000-10000枚くらい売れてたんじゃないのか?
知らんけど。
OKは1000枚らしいけど。
知らんけど。

2009-09-26

SONYのWALKMAN

店頭で初めて触ってみて、あまりの操作性の良さにびっくりした。こりゃ、確かにiPodのシェアを上回るな!
すげー。
高いけど。

2009-09-21

memo-PamFaxについて

Welcome to the ultimate Skype Faxtool数ヶ月に一回、FAXを送信する必要が生じる。FAX受信が必要不可欠な状況になったことはないのに。
一時期、D-FAXというサービスで、PCでFAXを受信できるFAX受信番号を無料で持っていたけど(もう有料でしか持てないらしい)、結局、一度も受信しなかった。

なので、数ヶ月に一回のFAX送信に対応するために、ここ数年、NTTのiFAXというサービスでPCからFAXを送信してた。月額料金は無料だったし。

で、PamFaxというサービスを知って、これならNTTに毎月7-8円のユニバーサルサービス料金(これが何かよく分かっていない。)を払わなくても良いんだな、と思ったので、iFAXは辞めた。

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で、辞めてから数ヶ月たって初めて使う機会があったので、使ってみた感想。

Skypeクレジットで支払えるけれど、SkypeクレジットでPamFaxクレジットを購入するらしく、管理すべき「クレジット」とかアカウントが二重になって、なんか嫌。
あと、FAX送信にかかる費用は「日本円」で示されるのに、クレジットの購入単位が「ユーロ」で示されるので、よく分からない。
実はSkypeを経由しなくてもPamFaxは起動できてしまうので、「SkypeとSkypeクレジットに、FAXの代わりを全てさせよう。」という、最初の想定とは違うものみたい。

結論
:ローカライズをきっちりやって欲しい。
:数ヶ月に一回だから、いいっちゃいいけど。

という感想。
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例えば、PamFaxのアカウントには次のような文章がある。
「現在あなたのアカウントはSkype名xxxと紐づけられています。紐づけを解除すると、すべてのクレジットとFax履歴は新しいアカウントに移行されます。過去の設定を復元することはできなくなりますので、ご注意ください。 」
「紐づけられています」って…。
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僕のSkypeのアカウントもずっと英語のままなのだが、どの設定を直せば良いのだ?

2009-09-19

三回目のケントリッジ、一眼レフ

京都近代美術館に来る度に行ってるので、三回目のウィリアムケントリッジ展。
面白い。すげえ作家だな。なにがすげえのか、まだはっきり分からんけど。視覚的な論理に即して世界が侵食されていくこと、なんだろうけど、うまくこなれた感じで言えんな。

その後、一緒にケントリッジ展を見た妻と、京大側から三条に引っ越したサンシャインカフェに寄ったところ。
妻は、ハムスターを生き生きした姿で記録しておくために、一眼レフを買おうかどうしようか迷っているらしい。
室内専用、というか、ハムスター専用一眼レフが欲しいらしい。


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帰宅して『Buffalo '66』を見て、変な映画だなあ、おもしれえ、と思っていたら、横にいた妻が、ヤフオクでハムスター専用一眼レフを落札して(しまって)いた。
どうなることやら。
今後の成果は、左のFlickrのスライドに注目だ!

2009-09-17

後期の初日

精華の工事は終わっていた。去年の一月に来て以来なのに、事務の人は僕のことを覚えていた。不思議あるいは光栄。

非常勤講師も四年目なので後期からは今までとはスタンスを変えていこうと思っている。
また、今の僕は、心機一転をはかろうとしている。

でも、たぶんそれらは、昨夜から僕がなんか変な感じで緊張してた原因ではない。原因は、たぶん、ものすごく久しぶりに、意味のある内容を一人で長時間「発話」したからだと思う。
と、初回の授業紹介を終えて、思った。
「夏休み」、おそるべし。

今年度の目標: 「反省」しないこと

2009-09-15

MRI画像~中ぶらくり丁~Color Me Badd – I Wanna Sex You Up~「司法」って何だ?

病院の診察はすぐに終わってしまった。
MRIとやらはすぐに検査できるものではないらしく、なので明日とることになった。翌日すぐに検査してくれるなんて「早い」らしい。よく分からんが、代わりに(じゃないけど)、アメリカで手術前に撮影した僕の脳内のMRI画像を入手した。その画像はもう日赤病院に返却しなくて良いらしい。たぶんアメリカの病院で撮影したものだから、日本の病院には保管義務みたいなものはないんだろう。
ただ、記念と言えば記念だけど、何十枚もあるし見ても良くわからん。8月4日に撮影したらしいので、手術前のはずなのだけど、どこが出血部位なのかさえ分からない。あんまり冗談になる話でもないしなあ…。


ということで、夜、時間が余ってしまったので、ぶらくり丁の定点観測に出かけた。


これが、月曜とはいえ平日夜七時の繁華街の中心地の光景なのだ。和歌山の。年に1-2回通うと、めきめきと衰退していっている様子に気付き、驚く。地方は疲弊していること、地方の中でも特に和歌山は疲弊していること、が、本当によく分かる。




数年前までこの和歌山の中心地にあったはずの、僕が中学・高校時代にCDを買うために通った「IWAKI」というお店がなくなっていた。かわりに中古CD屋さんがあって、僕は、何かの懐かしさにも背中を押されて、ものすごく久しぶりに「店頭でCDを買う」ということをした。いつ以来だろう?






Color Me Badd(という、90年代にいた4人グループ)の「I Wanna Sex You Up」という曲のマキシ・シングルを100円で買った。たぶん僕が高校生の時のヒット曲で、この曲はけっこう好きだった。でもColor Me Baddのことはほとんど知らない。「ラジオで聞いただけのヒット曲」は「高校生の時に…」という限定がつくだけでものすごく記憶に残るものなのか?いや、「好きだった」からか。「ポップ」で好きだったな、これ。


ちょっと検索してみたところけっこう情報は出てくるけど、でも、「過去のグループ」らしい。


Color Me Badd - Google 画像検索




あと、「オルゴールCD」を買った。オルゴールの音をCDに記録したもの。聞いて楽しむことはないと思うけど、オルゴールという”口モデル”の音響メディアの音を”耳モデル”のメディアに記録した事例として欲しかったので。




ちょっとだけ会えたら会っておこうと思って、七時ごろに紀三井寺にいる友人に電話してみたら、ちょうど都合が良かったようで、会って話ができた。


理系の大学院で建築の勉強してその後しばらく社会人やってたけど法科大学院一期生として四国に住んだ後、今は実家の紀三井寺で勉強してるやつ、とマクドで話し込んでしまった。ダイヤルアップでもSkypeで音声通信は可能だ、とか、新司法試験とか法科大学院って詐欺みたいだよなあ、とか、和歌山という町には新陳代謝が起こっていない、とか。特にこれ、ということを話してたわけではないけど、九時くらいには帰るつもりが十一時を過ぎてた。


マクド、おそるべし。