2022-11-17

ネトフリで『花束みたいな恋をした』

 映画『花束みたいな恋をした』公式サイト https://hana-koi.jp/

花束みたいな恋をした - Wikipedia 

音響文化論演習で二人の「おたく(?)」の話を聞いて、その後いけだの素晴らしい話を聞いて、触発されて、見た。

最後のエンドロールの音楽のドラムイントロが抜群にカッコよかった。

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  1. 『花束みたいな恋をした』の感想:小説とか映画とかのウンチクとか共感を軸に会話を進めるふたり、という設定のくせに、モノローグで物語を進行するタイプのダサい映画だった。これでは、見ていてまったくドキドキしない。押井守の映画はもっと映画的に物語を進行させるぞ。少なくとも、ここまでモノローグには頼らないと思う。なんやねん、このふたり。つらい。(40分くらいのところまで見た。二人は道端でキスをして、あれこれして、部屋にこもり続けた。)
  2. 『花束みたいな恋をした』の感想:小説とか映画とかのウンチクとか共感を軸に会話を進めるふたり、という設定のくせに、モノローグで物語を進行するタイプのダサい映画だった。これでは、見ていてまったくドキドキしない。押井守の映画はもっと映画的に物語を進行させるぞ。少なくとも、ここまでモノローグには頼らないと思う。なんやねん、このふたり。つらい。(40分くらいのところまで見た。二人は道端でキスをして、あれこれして、部屋にこもり続けた。)


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UbuntuPDFを簡易編集するためにOkularをインストールした

qpdfviewより使いやすいPDFビューワ「Okular」 | ラズパイダ https://raspida.com/pdfviewer-okular

第731回 Ubuntuのドキュメントビューアーとして最適なOkularを使用する | gihyo.jp https://gihyo.jp/admin/serial/01/ubuntu-recipe/0731


2022-11-14

メモ:再制作されたイントナルモーリについて

ルッソロのイントナルモーリの復元についてちょっと聞かれただけのことに答えるために、いろいろ調べてしまったので、せっかくなので、メモを残しておく。2009年に復元されたものがけっこうまとまって復元された最初のもの、という理解で良いかもしれない、と考えておこうと思った。

この動画のイントナルモーリはどこが持っているのか?という質問。


どこが持っているか分からないが、たぶん2009年に復元されたものだと思うがその確証もない、というのが答え。
典拠の曖昧なものを事例に使うのは研究者としてダメだけど、これはある程度傍証を集められる。
とりあえず以下のようなことを調べたのでメモしておく(調べたといっても基本はネットを検索しただけだが)。

ーーーーーーーーーー

1.

YouTubeのキャプションには2012 exhibition at Lisbon’s Museu Coleção Berardo」とあり、ポルトガルのベラルド現代近代美術館 (Museu Coleção Berardo)で2012年に展示されたもののようだが、「Museu Coleção Berardo intonarumori」と検索しても確証が得られない…。

2.

英語版Wikipediaの「Intonarumoriの「Intonarumori reconstruction」という部分の説明によると、ルッソロの手になるスケッチなどに基づいて復元されたイントナルモーリたちは三セットあるらしい。

1.イタリア未来派100周年を記念してSFMoMAなどが協賛して2009年辺りに作られたもの
2.「雑音の芸術」100周年を記念してカーネギーメロン大学などが協賛して2013年辺りに作られたもの
3.オランダのサウンド・アーティストのWessel Westerveldという人が作ったもの

近年のルッソロ研究として参照すべきChessa, Luciano. 2012. Luigi Russolo, Futurist: Noise, Visual Arts, and the Occult. University of California Press.によると、1は、Luciano Chessaがグラントをとって調査研究したうえで復元作業を行ったものとのこと(Chessa 2012: 275 ch9のn35)。これもそう。
2と3がダメということでもなさそう。どちらも詳細不明だが、3はオランダ語の情報しか見つけられないけど、これなどしっかりした造りで復元しているみたいで、面白そう

3.

Wikipediaに書かれていないものもたくさんある
秋山邦晴が復元したことで日本では有名な多摩美のイントナルモーリもそう。というか、一台だけ復元した事例はWikipediaに記載しきれないほど多い、ということかもしれない。
たぶん一番流通しているルッソロ《都市の目覚め》の録音物は、1977年のヴェニス・ビエンナーレの際に復元されたイントナルモーリを使って、1978年にDaniel Lombardiというひとが収録したもの(と、ライナーノーツに書いてあったけど、このspotifyのリンク先では1977年と書いてあるな…)。
1の復元をしたLuciano Chessaも、Pietro Verardoなる人物による復元ヴァージョンを参照した、と述べている。

4.

なので、上記動画のイントナルモーリは、おそらくLuciano Chessaという、ルッソロ研究の著作もある音楽家が復元したものだと思うが、確証はない本人に聞くのが一番早い/速い案件だろうな。
:Luciano Chessa website https://www.lucianochessa.com/

追記:

ところで、色々検索していたら、大友良英さんが2005年に書いたJAMJAM日記を発見した。
ここで、1914(大正4)年の日本の記事で、イギリスでイントナルモーリ初演を見た日本人による報告記事に言及があり、さらに、大友良英さんは2002年に多摩美のイントナルモーリを使って演奏会をしてCDをにもなった、ということを書いている。
でも、このCDはなかなか入手しにくそうだ以下のようなウェブサイトが出てきたのだけど、けっこう典型的な詐欺サイトにしか見えない。違ったらほんとごめんなさい。でも、僕はちょっと使えないなあ…

巨大騒音楽器 INTONARUMORI ORCHESTRA*02年多摩美大美術館実況録音 /大友良英 /伊東篤弘 /Sachiko M /秋山徹二 /中村としまる /杉本拓 ヤフオク! - 巨大騒音楽器 INTONARUMORI ORCHESTRA 02年多摩... [b1035586969] - 9,700円 https://nsexjv.worlden.top/index.php?main_page=product_info&cPath=60_61&products_id=16877

ともあれ、このCD聞いてみたいな。

2022-11-12

映画『Coda コーダ あいのうた』

映画『Coda コーダ あいのうた』公式サイト https://gaga.ne.jp/coda/

主題的に 見ておこうと思って、でも、父と娘の物語として見てしまった。

CODAである娘がデュエットで歌う場面、娘が「人生をすべてあなたに捧げてきた云々」と歌った直後、音が消えてろう者である父親の主観ショット(っていうんだっけ?)になる。しかも主観ショットの最初の一瞬は、父親が画面のこちらがわ(=観客たち)を見る主観ショット。父親たちの「孤独さ」を一瞬で理解させる凄いショットだった。

この秀逸なショットがあったせいで、僕はこの映画を傑作として最後まで見てしまった。なので、この演奏会の後、主人公のCODAの娘とV先生との仲直りの場面が描かれないままに二人がわだかまりもなく話している場面になるが、そういうところも許せる(先生の家族が初登場したり先生が動画で手話を独習したり、という描写があるので、おそらくいくつかのエピソードがカットされたのだろうと思う)。女の子だけが地元を離れるというところで『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』を思い出したりするなど。大学進学を機にサバービアから脱出する娘。僕も娘には「go」と言ってあげたいものである。

コーダ あいのうた - Wikipedia :2014年のフランス映画『エール!英語版』の英語リメイクらしい。アカデミー賞作品賞を受賞したらしい。

2022-11-10

Ubuntu再インストール

いったん起動して授業で研究室を離れた後に戻ってくると、再ログインできなくなった。Chrome remote desktopを使うために設定をいじった(がすべて失敗した)からだと思う。リモートデスクトップできないならChromeOSでも構わない気もするが、Dropboxやクリップボード履歴アプリがあるというのが便利なので、Ubuntuを再インストールすることにした。

とはいえ、もはや研究室にはUSBメモリも空のDVD-Rもないので(探したらあるのかな?)、自宅に転がっていたUSBメモリにubuntuを入れて、研究室に持ってきてUSBメモリからインストールする必要があった。なので、決めて実行は翌日。

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インストール作業

0930:研究室ではWindows用キーボードを使っているので、optionキーではなくaltキーで、起動ディスクを選択。そのままインストールしようとすると固まって止まってしまったので(原因不明)、try ubuntu with Japanese inputから起動して、インストールすることにした。

1030:キーボードレイアウトを決めてからしばらく固まっているように見える。

1039:やっと「アップデートと他のソフトウェア」、開始。地域やユーザ名など選択。

1041:「Ubuntuへようこそ」画面で「ファイルをコピーしています」が始まる。サードパーティ製のあれこれはダウンロードしないけど、その他の色々はダウンロードしてアップロードしながらインストールする設定で。

1130くらいに終了。

「ソフトウェアの更新」を始めたら1236になってもまだ終わらず。午後の授業に行かねば。先にChromeなどインストールすべきだった。

1930:研究室に戻ってきた。ソフトウェアの更新は終了していたので再起動。少しだけアップデートなどやって帰宅。続きは土曜日。以下のようなことをする予定。

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★最初の設定

◯基本

Chromeを導入すべし
I am alive.: Ubuntuで[英数]キーで直接入力、[かな]キーで日本語入力 ←ターミナル操作した後に再起動すべし、各モードでの『 Henkan 』の入力キーを探し出して全て『 IME を有効化 』にするのがポイント →2023年2月2日lubuntuではうまく行かなかったので全て「ひらがなに入力切替」に設定した

マウス操作は、設定から変更

このウェブサイト(金子邦彦研究室)の情報を基本にしよう

◯その他:インストールすべし

Remember the milk
vlc
gimpより軽い画像処理アプリを何か
いちおうwineも
spotifyも?

2022-11-04

メモ:大竹伸朗展@東京国立近代美術館

https://www.momat.go.jp/am/exhibition/shinro-ohtake/

7つのテーマ云々は正直よく分からんかった。
でも、その膨大で圧倒的な創作意欲はすごい。東京にはおさまりきらないだろう。
遠くから見れば人体らしく見えるものに近づけば「ゴミ」である云々。という感受性に、20代は圧倒的に痺れていたことに改めて気付くなど。僕は繕い物が好きなだけど、それも、この延長線上にあることは間違いない。ツギハギのある方がカッコ良い、という感覚なのだ。


メモ:国立新美術館開館15周年記念 李禹煥

https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/leeufan/

僕は李禹煥のような作品コンセプトは好きだなあと思っていたが、全体的にアレだった。音を発するインスタレーション作品があり、それは「サウンドインスタレーションにおける音の面白さや機能は、その作家の作品史という文脈のなかで持ち得る意味や機能を考えるべし」という気づきを与えてくれたが、それつまり、知的好奇心に即した興味関心であって、作品が面白いというわけではない。…。なんだろう、これは。ゲルハルト・リヒターとどう違うのだろう。どちらも美術史のお手本みたいに分かりやすい作品たちなのに。疲れてたのかもしれん。


2022-10-13

Ubuntuのカレンダーを月曜始まりにする

以下のようなウェブサイトを参照して、あまり理解しないまま、そのままコマンドを打ってログアウトしたら、月曜始まりになった。

$ sudo cp /usr/share/i18n/locales/ja_JP /usr/share/i18n/locales/ja_JP.bak
$ sudo gedit /usr/share/i18n/locales/ja_JP

というコマンドを実行すると、エディタが起動して、どうやら設定ファイルが出てきたので、指示通り、「LC_TIME」という見出しのセクションを探して、

first_weekday 2
first_workday 2

という二行を追加した。

この「コマンドラインから設定ファイルを編集する作業」をある程度自力でできると、Ubuntuをメインに使っても良いのかもしれない。ほんとか?! 知らんけど。

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明窓浄机: GNOMEのカレンダーを月曜始まりにする http://cloud-buster.blogspot.com/2008/05/gnome.html

Question #6311 : Questions : GNOME Common https://answers.launchpad.net/gnome-common/+question/6311

Linux のカレンダーで週の最初を月曜日にする · GitHub https://gist.github.com/buzztaiki/d8f7470c2fa3b21926a3ec4326757ea8

2022-10-12

メモ:高橋源一郎『101年目の孤独』

 

2021年夏のオリンピック開幕式の騒動のころ、やりきれなくって、神戸の本屋で入手。アンパンマンミュージアムの近くの本屋さん。それから一年以上かけて読んだ。ゆっくりと大切に読んだ。素晴らしい本だった。久しぶりに、ゆっくりと本を読みながら自分のこととして考える、ということをできた。良い読書体験。強さと弱さには関係なく、前を向いて生きていくこと。

2022-10-10

MacBook Pro (13-inch, Mid 2012) = macbook pro 9.2 の外付けHDDにUbuntuをインストール

 内蔵ではHDDが認識されなくなったが、USB経由で外付けだと認識されるMBPが自宅にあったので、自宅で使うノートパソコンとして、外付けHDDにUbuntuをインストールして使おう、と思った。

が、パーティションを色々と工夫しないとインストールできなかったので、妻にインストールしてもらった…!

ということで、ともあれ、とにかく、自宅で使えるノートパソコンができた!

このMBPは英語版キーボードレイアウトなので、ちょこまか使いにくい。少しずつ設定していこう。

まず、タッチパッドで右クリックできるように設定する必要があった。

参考:Ubuntu:Ubuntu® 18.04 LTSのインストール後にタッチパッドの右クリックが動作しなくなる | Dell 日本 

バッテリーが50%を下回ると突然電源が落ちることに気づいた。実はまだ電源を接続したまま使ってはいないので、正確には、バッテリーが50%を下回ったから落ちるのかどうかはまだ不確か。せめてそうであれば良いなあ、と思う。

せめてそうなら、自宅で使うノートパソコンとしては使えなくとも、研究室の元iMacが壊れたあとの研究室のパソコン、としては使えるので。

自宅で使うノートパソコンとしては、まだしばらく、iPad 12.9インチを使うべし、ということのようだ。なんだかなあ…。

2022年10月12日

高熱になるから電源オフになるのだ!と気付いた。やれやれ…。

2022-10-09

メモ:浜辺のアインシュタイン@神奈川県民ホール

浜辺のアインシュタイン | 神奈川県民ホール 

ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス「浜辺のアインシュタイン」|神奈川県民ホール 

舞台上に階段がしつられられていて、下段、中段、上段のどこを使うかで、前景、中景、遠景を使い分けていた。で、前景と中景と遠景で、それぞれ別の速度で出演者が移動する、など。

とはいえだからといって、これは、三つの時間の流れのなかで別々のストーリーが語られていく、といった代物では全くなく、登場人物の心理描写や起承転結のある物語や何らかの統合的なイメージが連鎖発展する、といったタイプの「オペラ」ではなかった。一番簡単な言い方をすれば、これは、舞台と振り付けと音楽がものすごく綿密に作り込まれたコンテンポラリー・ダンス、だった。。それが休憩を挟んで4時間。清々しいまでに、何の物語もなかった。そりゃ元々の公演ではコーヒー・ブレイクを推奨されるはずである。
これを今の時代に再演(?)することのバカバカしさやこの「オペラ」としてのつまらなさを十分に理解したうえで、しかし、何のノスタルジーも感じさせること無しに多くの人間がこの(簡単には理解不能な)オペラを協力して作り上げたことへの感嘆を、うまく説明できる気がしない。
とにかく、僕は、これが2022年に神奈川県で上演されたことに感動した。いわゆる「オペラ」とは全く異なる代物をこんな風に上演してしまうこと、が引き起こす文脈撹乱の面白さ。一般は1万円だが学生は2000円だった。僕も学生として学生時代にこれを見たかった。これは、おそらく、20-30人の小さな箱でやることを1000人規模のホールでやったというものだったので。

2022-10-05

LinuxのDropboxではまだ選択型同期しか使えない(スマートシンクは未実装)

3年以上前から、まだないらしい…。

←Linuxでスマートシンク - Dropbox Community https://www.dropboxforum.com/t5/%E8%B3%AA%E5%95%8F%E3%81%99%E3%82%8B/Linux%E3%81%A7%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF/td-p/361732


現段階で、授業で書画カメラを使う方法

書画カメラを使おうかな、と思った。スライドやドキュメントなどを提示しながら、手元の図版をそのまま提示するために。いちいちスキャンするの、大変なので。

書画カメラ、安いものでは1万円台前半くらいからありそう。

→大学の共有のものを借りられるが、授業ごとに毎週借りるのは面倒そうだし、何より、デカイ。性能は良さそう。

→三脚などでiPhoneをカメラとして使う、という手段もありそう。だが、後期に割り当てられた教室にはHDMIアダプターがなくRGBしかない(ので、ライトニングtoRGBアダプターを入手する必要がある)ので、けっこう面倒そうだ。

 ←iPhoneをMacBook Airにミラーリングする、というやり方があるが、それができるのは、あいたい2018以降の機種のみ。今使っているMBAはearly 2015なので、ミラーリングはできない。

 ←iPhoneとMBAをZoom接続するとかも可能かもしれないが、とても面倒そうだ。

 ←そもそもiPhoneをどうやってMBA early 2015に接続できるのだろう? ←「Apple Lightning - Digital AVアダプタ」を使うらしい。このアダプタとMBA2015を接続するケーブルがあれば、ミラーリングもどきをできる?!?!

2022-10-04

Ubuntuで[英数]キーで直接入力、[かな]キーで日本語入力

以下のリンク先の情報で、できた! 素晴らしい!

参考: 【Ubuntu20.04】日本語入力の切替設定 – アタシのUbuntu備忘録 https://ub.workdesign.jp/install/data1510.html

2022年11月12日再インストール時に学んだこと:

参考:Ubuntu18.04にて、半角 / 全角の切り替えをMac風に行なう方法 - Magidropack’s blog https://magidropack.hatenablog.com/entry/2018/11/30/120602

各モードでの『 Henkan 』の入力キーを探し出し、全て『 IME を有効化 』にする、というのがポイント

(←2023年2月2日lubuntuではうまく行かなかったので全て「ひらがなに入力切替」に設定した)

2022年10月5日付記:Capsキーの変更はCUIで一行でできる。

参照:【Ubuntu日和】【第2回】Windowsに対するUbuntuの利点 - PC Watch より

UbuntuでCapsキーをCtrlキーに割り当てる方法 

$ gsettings set org.gnome.desktop.input-sources xkb-options "['ctrl:nocaps']" https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/ubuntu/1407176.html

UbuntuでChromeリモートデスクトップ

UbuntuにはChromeリモートデスクトップを簡単にインストールできない問題がある。

このページのとおりやってみて、何度か試行錯誤して、インストールしてホストとして使えるようになったはず。

参考:Ubuntu20.04にChrome-Remote-Desktopがインストールできない問題を解決する - Qiita https://qiita.com/virtualnkhr_/items/4f8f02ea0a1a5ecbf8e2

だが、机の横においてあるMBAで接続すると、真っ黒な画面しか出てこない。

ログアウトする? ←参考:しかし、ある時リモートデスクトップでアクセスしたら真っ黒の画面が表示されて何も操作できなくなるという現象に出会いました。  この現象の解決方法について紹介します。   https://www.orzs.tech/solve-black-screen-when-ubuntu-remote-desktop/

再インストールする? ←参考:Ubuntu 22.04 LTSの「リモートデスクトップ」で黒い画面が表示される場合の対処法 – マゴトログ シュミニイキル https://blog.janjan.net/2022/05/01/ubuntu-rdp-remote-desktop-connect-blackout/

再起動する? ←参考:Chromeリモートデスクトップで画面が真っ黒になったときの対処法 | ひろこみゅ https://hirocommu.com/chrome-remote-desktop-screen-black/

さて、どうなるか。ログアウトしてから再起動してみよう。


事態は改善しなかった。

Chromeリモートデスクトップを使えるようになるかもしれない、というのが、ChromeOS FlexからUbuntuに乗り換えてみた最大の理由なのだが、これでは、日本語入力が不便になっただけではないか…。

いや、Dropboxをある程度使えるようになったし、keynoteをImpressで開けるようになったし、少し使い込める可能性が出てきた、と考えておこう…。

Ubuntuをインストールした


 研究室の元iMacにUbuntuをインストールした。最初なんだか分からないエラーが出たけど、電源切って再起動したら、出なくなった。

Ubuntuはver22になっていた。ChromeOS Flexより少しずつとっつきにくいけど、何もしなくてもプリンタは使えるし、無線ランにも接続できている(MacにUbuntuインストールすると無線ラン接続に苦労するらしいという前情報だったが、改善したのかな…?)

さて、どうなるか。

とりあえず、CapslockとCtrlの入れ替えの設定で、けっこう時間がかかった。終わればすぐだが。

Ubuntu/Caps-LockキーをCtrlキーにする方法 - Linuxと過ごす https://linux.just4fun.biz/?Ubuntu/Caps-Lock%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%92Ctrl%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95

日本語入力が少し下手な気がする。Mozcというので入力しているのだが、これもグーグルのIMEらしいので、そんなに違わないのではないか、と思うが…。でも、Macと入力したいので「まっく」と入力してから変換しても「MAKKU」にしかならない。

2022-09-30

メモ:小林信彦『僕たちの好きな戦争』

食後に少しずつ、という感じで、何とか秋学期開始前に読み終えた。楽しい小説読書だった。

自分の好むものの地平線というか基準線みたいなものがここにあったことを思い出した。中学生の頃の基準線。老後、小林信彦をたくさん読み返す人になるのだろうか、僕は。それはそれでなんかつらいな。だって、小林信彦は僕にとっての同時代人でもないわけだし。

2022-09-28

メモ:evala@東京都庭園美術館、東京都写真美術館、「装いの力:異性装の日本史」@渋谷区立松濤美術館

evala さんの新作のサウンド・インスタレーションを堪能すべく東京都庭園美術館に。1100ごろに東京都庭園美術館に、到着。「旅 想像、創造」(みたいなタイトル)の、展覧会。

前半は、戦前の皇族が優雅に世界一周旅行しました、という記録。羨ましい。後半、色々な作家の作品。evala目当てきたわけだが、「さわひらき」の映像作品が出色。いくつかの連作を40分くらい見てしまう。

evala作品は何というか、安定の気持ちよさ。前後6つずつのスピーカーで、超現実的な音響録音空間を現出させる。後から考えるに、これは、レコード音楽の発展バージョンに過ぎないとも言えるな、と気付く。四国のやつや銀座のやつなような外部現実空間と相互作用するタイプのミラクルはなかった。ウルトラにハイパーでオーガニックなレコード音楽みたいな代物を堪能。自分が書いたサウンド・インスタレーションを比較する4つの比較軸のことを思い出す。あれ、もっと活用できるな。

さわひらき」さんの映像作品が素晴らしかった。展覧会前半は「旅と創造と想像」みたいなタイトルで、戦前に皇族が海外一種旅行した絵葉書とか展示していて、とても羨ましい。LCC乗ったり朝食安く済ませようとしたりする必要なかったのだろうな、など。

東京都庭園美術館|旅と想像/創造 いつかあなたの旅になる|2022年9月23日(金・祝)〜11月27日(日) 


次に東京都写真美術館に移動。歩いて15分ほど? 四月からここで働き始めた山﨑と久しぶりに話す。色々と悩んでるらしく色々と話した。「色々」とまとめておく。とりあえず、ビッグになってもらいたいものである。イメージメイキングの仕組みみたいなタイトルの展示は、神戸で行った科学博物館を思い出すなど。

東京都写真美術館 「見るは触れる 日本の新進作家 vol.19

東京都写真美術館 「イメージ・メイキングを分解する

「装いの力―異性装の日本史|渋谷区立松濤美術館 

で、白金から松濤に移動し、渋谷区立松濤美術館の「装いの力:異性装の日本史」に。個々の事例は知っているが、まとめて提示されると、「なるほどー」と思う。薔薇の葬列を久しぶりに見た。来館者が多かった。流行ってるのか? 日本にも古代から脈々と男装する女性や女装する男性がいたと示すことは、意義あることなのだろう。

一日中歩き回って脚パンパン。どこでひと休みすべきだったのだろう。スタバとか、なんか休めないしなあ。

2022-09-20

メモ:ゲルハルト・リヒター展@東京都国立近代美術館




来週火曜日がコクソーで臨時休館なので今日は祝日の翌日だが臨時開館日だった。人間ドックの後に向かう。

今まで色々な機会に見てきてはずだが、僕はリヒターのことをあまり分かっていなかった。最初の部屋に入って、彼のabstract paintingを何枚もまとめて見て、すぐにそのことが分かった。
その抽象絵画は、点と線と色彩、mass, field, region,などから成立し、そのバランスやらハーモニーやらが織りなすfabricationが見事なものだった。見事というのは、一意な説明で全体を理解したと思えることはなかろうと予想されるということで、音楽やら織物やらの比喩やレトリックに頼らざるを得ないし、それらに頼らずなんらかの方法でその成立方法を「説明」(あるいは「分析」)したからといって、それはその抽象絵画の在り方とか成り立ち方とかの秘密を明らかにすることに貢献するかどうかは疑わしい、という意味。
なので、つまり、ゲルハルト・リヒターの抽象絵画は、あらゆる優れた絵画がそうだが、文字通りの意味で「言葉では表現できない」、という臆面もなく陳腐な表現をせざるを得ないと感じた。これぞ眼の愉しみ、すごい、気持ち良い。
少なくとも、こういう抽象絵画は60年代に流行ったオワコンだ、とか、こういう絵画はそのうちAIが描けるようになるだろう、とかは思わない(が、AIはきっととんでもないことをするので、もしかしたら、そのうちこういう「絵の具の盛り」くらいのことならできるようになるのかもしれない)。
なので、知りたいのは、リヒターはなぜ1980年代とか90年代にこういうことをしているのか。正確には、いま絵画とは何であるのか。絵画とアートとの関係は、いま、どうなっているのだろうか。

2022-09-07

Keynoteファイルから画像・動画を抜き出す方法

Keynoteに貼り付けた動画を抜き出す方法を探して、デフォルトではできないことを知った。

この方法でできる。便利!

Keynoteに含まれる画像・動画を抜き取る(抽出する)方法

:「Keynoteファイル(.key)を、ZIPファイル(.zip)にリネームして、ZIPファイルを展開(解凍)したら出てくるフォルダの中の「Data」フォルダ内に、Keynoteファイルに読み込んだデータが入って」いる!

もしもKeynoteからGoogleスライドに移行するとすれば、Keynoteの過去遺産(とくに埋め込んだ動画と音声)をGoogleスライドに埋め込む方法、が課題だった。Googleスライドに音声や動画を埋め込む場合、YouTube動画使うか、予めファイルをGoogleドライブにアップロードしておかなければいけないので。

過去遺産としてのKeynoteをそのままGoogleドライブにおいて、zipファイルとして展開(解凍)したら音声も動画もあるってわけなので、やりやすくなった!

Chromeリモートデスクトップでホストの音声をリモートで聞く方法 →ホストがMacの場合は難しい

Chromebookを使って、自宅のMac miniのKeynoteを起動してプレゼンテーションすることは可能か? →音声を使わない場合はけっこう現実的。しかし、Macだと、音声出力の設定が難しいので辞めたほうが良い。

やはり整備品を購入すべきか?!

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研究室のiMac2010に入れたChromeOS Flexから自宅のMac miniに接続し、Keynoteをプレゼンテーションモードで操作してみた。

すると、スライドに埋め込んでおいた映像にシークバーが出てきて、操作できた。

しかし!

音声が聞こえない。

聞く方法はすぐには分からなかった。そこで自宅でぐぐってみたところ、ホストがWinあるいはLinuxだと難しくないけど、ホストがMacだとけっこうややこしいことが分かった。

どうやら、SplashtopやLogMeInなどの有料アプリ(年間1万円とかそんなレベル)を導入するか、Soundflower(仮想サウンドデバイス)やLadioCast(ソフトウェアサウンドミキサー)を導入したうえにSkypeの音声通話機能でパソコンの出力音声を通信する、ということをする必要があるらしい…。映像と音声を別経路で通信するってことかあ…。


参考

外出先から自宅のMacにリモートアクセスする際Skypeを使うと音声転送が可能になる | Cool Life Tokyo https://coollife.tokyo/travel-amenities/remote-desktop2/

Macでリモートデスクトップの音を鳴らす方法を見つけた。 - 日々徒然Highmount https://highmount.hatenablog.jp/entry/2016/05/14/230305

2022-08-29

メモ:初めての実用検証記事?

ChromeOS Flexがほんとに仕事に使えるかどうかをチェックしようとした記事としては初めてかも? ハイレゾ再生できることを確認しただけだけど。
【藤本健のDigital Audio Laboratory】動作サクサクでハイレゾ再生も!? 無料の「ChromeOS Flex」を試した-AV Watch https://av.watch.impress.co.jp/docs/series/dal/1435400.html

2022-08-17

iMac (21.5-inch, Mid 2010)のChromeOS Flexのサポートは2024年まで

研究室のiMac (21.5 -inch, Mid 2010)は「機種 ID:iMac11,2」らしく、今はChromOS Flexをインストールして使っている。

iMac11,2におけるChromOS Flexの動作保証のサポート期限は2024年らしい。それ以降も使えなくなるとは書いていない。

Certified models list - ChromeOS Flex ヘルプ https://support.google.com/chromeosflex/answer/11513094#zippy=%2Capple

二年後までには、パソコン環境を良い感じに更新できていますように。

2022-08-05

メモ:Pierre Henryについて


Ubuwebにあった2007年のフランス語ドキュメンタリー(英語字幕あり)を見た。
(以下のリンク先の年代表記は間違えている:UbuWeb Film & Video: Pierre Henry - The Magic Sun (1966) https://ubu.com/film/henry_sounds.html / 「Pierre Henry - The Art of Sounds -1966 (UbuWeb) 」 / Twitter https://twitter.com/reaktorplayer/status/1547006565181374465?s=12&t=11ZEXrP2WN4Aqbqo6aqcGw

今までPierre Henryの面白さはイマイチ分かっていなかったが、このドキュメンタリーを見てもやはりよく分からなかった。
自分が今までピエール・アンリにピンときていなかったのは、このひとの音がリズムにあっていないように聞こえるからだ、ということを再認識した。ドラムやリズムがはっきりとある音楽にミュジック・コンクレートなやり方で音を足す場合、このひとの付ける音はただのタイミング外れに聞こえるのだ。そのタイミングで音を入れる意図が僕にはよく分からないのだ。


で、Wikipediaを眺めていて知ったのだが、ピエール・アンリはスプーキー・トゥースというバンドと共作したことがあるらしい。で、そのアルバムはバンドにとって、なんかひどい問題だったらしい。ドキュメンタリーでは言及されてたかな? 気づかなかった。なかったかも。
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リドリーが1969年に
ハンブル・パイへ加入し、アルバム『セレモニー』(1969年12月)では代わりにアンディ・リーが加入した[2]。『セレモニー』の実験的な内容は賛否両論を受けた。このプロジェクトはゲイリー・ライトによって持ち込まれたものだったが[5]、このアルバムが彼のバンドとしてのキャリアに終止符を打ったと考えられている。このレコードは「ロック史における大失敗の1つ」であると別の人物は述べている[5]。ライトが説明しているように、「……私たちは自分たちのアルバムではなくプロジェクトを行ったんです。それはピエール・アンリという名前のフランスの電子音楽作曲家によるものでした。私たちは『これは私たちのアルバムではなく、彼のアルバムです。ミュージシャンとして演奏しているんです』としっかりレーベルに言ったのです。そしてアルバムが完成したとき、彼らは言いました。『いやいや、これは素晴らしい。君たちの次のアルバムとしてリリースするつもりだよ』。私たちは『そんなことはできません。それは『スプーキー・トゥー』の方向性とは合い入れないものですし、それは私たちのキャリアを台無しにするでしょう』と言いました。そして、まさにその通りのことが起こったのです」[6]
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確かに、ピエール・アンリの音は不要に聞こえる…。そんなに悪いバンドじゃなさそうなのに。https://open.spotify.com/album/5NZmYochnO2fvif6LkCU10?si=eLtUESqESd-CrxhTCk1cVA

2022-08-04

メモ:林葵衣さん, Joyce Wieland, Vito Acconci

林葵衣さんに似た作家を知った。というか、林葵衣さんの元ネタ(?かもしれないもの?)を知った。
Joyce Wieland, O Canada, 1970: Art Canada Institute https://www.aci-iac.ca/art-books/joyce-wieland/key-works/o-canada/


おうちでアート#22 林葵衣による公開制作(2021年1月9日(土)開催) - YouTube


2022-07-29

メモ:佐藤秀峰『漫画貧乏』

 

ある道で生きていくために自分でやり方を模索する人、というのは偉いな、と思った。

研究と大学教員で生きているわけだが、どうやって稼ぐかとか考えないもんな。給与生活者として生きているつもりになっている。

2022-07-25

Google日本語入力の「手書き入力」「文字パレット機能」が終了していた…!

一年ほど前に、Google日本語入力の「手書き入力」「文字パレット機能」が終了していたことを知った…! 1,2年に一回くらい困る〜。

参考:Macで読みが分からない日本語を手書き入力する方法|スーログ https://blog.skeg.jp/archives/2016/11/mac-handwriting.html

2022-07-20

メモ:スプートニク1号 1957年10月5日から7日までの音


「この動画は、田崎浩氏(JA1AHP)が1957年10月にソ連が打ち上げた「人類最初の人工衛星」スプートニク1号からの信号を自作の真空管式受信機で受信し、さらにオープンリールテープに録音することに成功しました。浩氏が2019年10月に亡くなり、遺品整理の中で息子の田崎豊氏(JR1LZK)が2020年6月にこれらを発見、FMぱるるんにてオープンリールテープからの音声データのmp3化を実現し、さらに豊氏が動画にして受信音の聞き方や、同時に発見された読売新聞の地方版記事や写真などを合わせて紹介したものです。」

2022-07-12

2022年7月12日メモ:妻木良三「はじまりの風景」@和歌山県立近代美術館

https://www.momaw.jp/exhibit/2022_summer12/

画家は、ずっと、波、雲、海岸、砂漠、山岳地帯、内臓などを想起させる柔らかな視覚的イメージを鉛筆で描き続けている人。展示会場には、画家が普段自宅近くの湯浅の海や川でなどで拾った貝殻やら化石やらウニの殻やらも展示されている。他に、丸や襞など同じようなモチーフを描いた所蔵品も展示されている。朝イチで行ったので、一人きりでじっくり見ることができた。

雲や砂漠〈のように見える〉が、現実世界に存在する具体的な事物を描いている訳ではないので、この鉛筆画はあくまでも抽象画。なのだけど、ゆっくり見ていると、人間は言語的論理ではなくこういう視覚的論理に支配されている瞬間も確かにあるよなあ、と感じたりする。こんなふうに心がゾワワと蠢いたりするよね、と感じる。つまり、とても具体的な心の動きのようなものを描いているように見える瞬間もある。
ともあれ、これは何よりも、視覚的快楽を喚起する絵画の展覧会だった。

視覚的だし触覚的だけど聴覚的じゃない、と感じた、たぶんモノクロだからではないか、と思う。抽象画は(カンディンスキー、ミロ、クレー、ポロックなど)視覚と聴覚をつなぐシナステジアな感性と親和性が高いけど、ここでは、視覚は聴覚よりも触覚と一緒に作用しているように感じられる。
「粘菌っぽさ」をあまり感じなかったな。個々の細部が蠢くというより全体的なイメージの統合性の方が重要だから、かな? でも、こういう絵画は細部を見ることこそが面白い。こちらの襞とあちらの襞は盛り上がり方がどう違うか、とかを観察することこそが面白い。

ウニの殻がこんなに綺麗だとは知りませんでした。自然は存外規則正しい。
デカいのが一番気持ち良かったです。《境現の襞III》(2006)って作品。
このひとは僧侶なのだけど、どんな顔して檀家に話をしているのだろう。


2022-07-11

メモ:ネトフリで映画『砂の器』(1974)

和歌山往復の電車内で見た。

松本清張の原作は1960年に読売新聞夕刊に連載されたもの。ダラダラしたエピソードや余計な登場人物が多かったのは、新聞連載だったからだろう。とはいえ、原作は〈前衛音楽界のスターである作曲家和賀英良が最先端の作曲技法を駆使して完全犯罪〉というお話なので、戦後日本に登場した先行世代を徹底的に批判する「ヌーヴォー・ロマン・グループ」なる新進気鋭の若き芸術家集団の描写があったり、具体音楽に関する諸井誠の解説が挟まれたり、可聴域外の音に関する音響工学的な説明が挟まれたり、登場人物の一人による前衛音楽評論などがあり、元現代音楽研究者としては興味津々。
対して、映画は1974(昭和49)年公開で、舞台は1971(昭和46)年に変更。仁義なき戦いとか犬神家の一族とかと同時代の松竹映画。原作のダラダラした枝葉の展開をスッキリ削除し、父と息子(作曲家の和賀)のお話に仕立てていた。
例えば、原作にあったいくつかの展開は一瞬で解決していた――カメダは人名か地名かとか、電車からちぎり捨てられたシャツを線路沿線を歩いて見つけ出すとか、紙吹雪の女のエッセイの書き手とか、その女性の素性とか――。主人公の刑事(丹波哲郎)の家族の描写もなかった)。
何より、「ヌーヴォー・ロマン・グループ」は登場せず、原作では犯人かもしれない人物として描写されていた評論家も登場せず。なので、(原作のネタバレになってしまうが)〈評論家の愛人を超音波で流産させて死に至らしめる完全犯罪〉といったいくつかのエピソードはバッサリ削除されていた。代わりにこの部分は、作曲家(和賀)が、大臣の娘と結婚するために自分の愛人と別れる、という描写になっていた(その後、その愛人は流産して死んでしまうのだが、殺されたという描写はなかった。なんだったんだろう、あのエピソードは…)。1970年の大阪万博が何か関係するのかもとも思ったが、とくになし。和賀の作る音楽は具体音楽でも電子音楽でもなく、ピアノとオーケストラの調性音楽。Wikipediaによると後に夭折した菅野光亮という人物の作曲作品(菅野光亮 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E9%87%8E%E5%85%89%E4%BA%AE)。
原作よりはかなりスッキリした物語になっていたが、元現代音楽研究者としてそそられるポイントは減っていたし、話の展開に無理が残っているし、モノローグの説明で物語が進むところも多く、なんか変な映画だなあ、と思って見ていた。が、この映画は名作扱いされることが多い(→これとか:砂の器 | 松竹映画100年の100選 https://movies.shochiku.co.jp/100th/sunanotsuwa/)。そんなに良い映画だとはあまり思わないが、この映画の後半の展開は確かにスゴい。こういうのは他の映画ではあまり見た記憶がない。
映画の後半のいわゆる解決編では、主人公の刑事はおっさんばかりの捜査会議で、作曲家和賀英良が犯人であることを、ハンセン病の父親と放浪してきた子供時代から説き起こして、丹波哲郎のあの顔と声でひたすらモノローグで説明する。そこで、後半の映像は、〈おっさんばかりの捜査会議で犯人の動機などを説明する映像〉と〈新作《宿命》をコンサートで初演する和賀〉と〈ハンセン病の父親と各地を放浪したり巡査に保護されたり父親と別れさせられたり出奔したりする子供時代の和賀〉とのカットバックになり、つまりその3つの映像が交互に続くのだが、それがなんと30分以上続く。すごい。
ひたすら続く説明調のモノローグや誰のものとも分からない説明的な回想シーンは、それだけ見ていると退屈な映画的語法でしかないと思う。しかしこの映画では、このカットバックはいつまで続くのだろうと思っているうちに、ふとある可能性に気づき、驚愕し始めたのだが、まさにそのように進行して、驚愕した。つまり、この長いカットバックを見ているうちに、このカットバックは和賀英良の新曲《ピアノと管弦楽のための組曲 宿命》の演奏が終わるまで続くのではないか、と気づき、そして本当に最後まで演奏し終えて、そして映画も終わるのだ。原作とは違うやり方で、この映画もまた音楽が(影の?)主人公となる驚きの音楽映画だったのだ。


戦後日本ではなく1970年代の日本の情景は素敵だった。蒲田あたりの路駐の多さとか、秋田に出張した際に瓜を食べながら寺の門に種を吐き出すシーンとか、良い。そういや、原作では「砂の器」って題名の説明はなかったが、映画では少しだけあった。というか、原作には題名の説明がなかったことに気づいた。なぜ息子が母親と一緒に過ごさなかったのかは、原作でも映画でも不明なまま。
主人公の刑事(丹波哲郎)の後輩の名前は「吉村弘」という。原作では「おお、〈前衛音楽界のスターが最先端の作曲技法を駆使して完全犯罪〉、のお話に、80年代日本における環境音楽からサウンド・アートへと至る重要な音楽家吉村弘が出てくるなんて」と思っていた。特に何の意味もないので、どうでもいいといえばどうでもいいけど。

2022-07-07

Finished my presentation about Brian Eno and Kankyō Ongaku at IASPM 2022: 発表終えました

 (日本語は下にあります)

I did my presentation at my home in Yokohama, Japan, during IASPM 2022 in Daegu, Korea (which will continue until the 9th Saturday). Thank you to the audience and the panelists (Kai Khiun Liew & Tzang Merwyn Tong, Dong Jin Shin, and Xiaodan Zhang). I have changed the title to "How Brian Eno's ambient music has become known in 1980s Japan?" from the submitted title "How Kankyō Ongaku has been popularized in 1980s Japan? Or was it popularized in 1980s Japan?." As you know, things change after a few years pass.
I aimed to examine the relationship between the adoption of Brian Eno and the birth of Kankyō Ongaku in the 1970s and 1980s in Japan. But what I could do eventually is to examine some examples of adoption of Eno in "Rock Magazine" curated by AGI Yuzuru and "Bijutsu Techou." Further research is needed.
I was lucky that I could know some interesting figures other panelists picked up. I have learned about stimulative musicians such as Chris Ho, Lee Hee-moon, and other Chinese musicians. Moreover, I could renew my self-awareness that I am benefitting by belonging to the marginal of this association for the Study of Popular Music. It makes little sense to be unable to be there and talk with others in person for an international conference, but this is my little takeaway.
I will continue to be involved in this conference as an opportunity to consider the composer YOSHIMURA Hiroshi and Sound Culture in 1980s Japan. To find a researcher who shares my research interest (the popularization of contemporary music) is my task for the future.
Best Regards.

This is the slide of my presentation: 2022 _IASPM_Kankyō Ongaku_slides_220705

NAKAGAWA Katsushi (Yokohama National University)

今も韓国で開催中のIASPM2022のSession 4-4 Individual Papers: Styles and Crossoverで、"How Brian Eno's ambient music has become known in 1980s Japan?"というタイトルで発表しました。聞いてくれた方、同じパネルの方、ありがとうございました。IASPM自体は土曜まで続きます。韓国の国際学会の発表に横浜の自宅から参加しているので、午前中にいくつかの発表を聞いて質問したりもして、発表前に昼ごはん食べながら家族と保険の話をした後に発表をして、次のセッションは聞けずにオンライン会議に二つ参加し、そして娘の保育園にお迎えに行く、という感じ。なんだかよく分からない。
最初に申し込んだタイトルは"How Kankyō Ongaku has been popularized in 1980s Japan? Or was it popularized in 1980s Japan? "でしたが、準備不足と焦点の変化で、ずいぶんと変更しました。〈1980年前後におけるブライアン・イーノの受容と同時代のKankyō Ongakuとの関係性を探る〉という野望を掲げて、しかし実際には、『Rock Magazine』や『美術手帖』におけるブライアン・イーノへの言及を紹介した、という発表になりました。今後の大いなる研鑽が必須。動物豆知識botさんのnoteに負けないしっかりした調査を蓄積せねば(環境音楽の再発見・目次/バレアリック、アンビエント、シティ・ポップ、細野晴臣、グライム、ニューエイジ、環境音楽|動物豆知識bot|note https://note.com/ykic/n/nd7d514f8d8d9)。
同じパネルの人が僕に負けず劣らず、なかなかにマイナーな対象を取り上げていて、逆に面白かったです。みんなそれを分かっているからか、パネリスト同士での質疑応答が活発で良かった。あと、おかげさまで、ポピュラー音楽学会で(も)marginalに所属していることによって、自分は利益を得ている、という自己認識を新たにしました。吉村弘と1980年代日本の音響文化のことを考えるための良い機会として、今後もIAPMSなどに参加していくつもりです。よろしくお願いします。僕と感心を共有するマイノリティをこの学会のなかで探すことが今後の課題です。
とりあえず打ち上げしたいとか思っているうちに、あっという間に、横浜の自宅の日常に戻ってしまった。オンライン学会って…。

2022-07-06

メモ:松本清張『砂の器』

〈戦後日本前衛作曲界のヒーローが最新の作曲技法を駆使して完全犯罪?!〉みたいな内容だと聞き、また、これまで何度も映像化されている傑作だと聞き、遅まきながら初めて読んだ。ホントにその通りの内容だったことに驚き。ただし、要所要所で驚きのご都合主義的展開で飽き飽きしたので、映画やドラマはかなり脚色されてるのではないかと想像。ネトフリにあるので近日中にチェック。
戦後すぐの文化風俗のちょっとした描写は、新鮮だった。帰りの遅い夫のために作った夕食は、冷蔵庫ではなく棚に入れておく、とか。みんなすぐにどこでもタバコを吸うとか。東京から中国地方への出張って、36時間以上かかったんだな、など。今だとブラジル行くみたいな感じ? だとすると、この時代の洋行に権威があったのも当然。

しかしまあ、けっこう、「評論家」がつまらない存在として馬鹿にされてるなあ。評論家って、こんなにしょうもないのかなあ。